喪失感や心の傷にそっと寄り添う それが怪談なのだと思います―辻村深月インタビュー

新刊著者インタビュー

更新日:2015/10/12

これは本当にあったことなのですか?

 ところで、ホラーと怪談はどう違うのだろうか。素朴な質問に、辻村さんは、あくまでも個人的見解ですが、と前置きしながら、こう答えてくれた。

「ホラーはとにかく怖さを求めるジャンルなのだと思います。だから、ものすごく荒唐無稽であっても、残酷さだけを追求するものであっても構いません。一方、怪談は、誰かの死を丹念に扱う文芸です。起こった怪異がどれだけ小さくとも、そこに一つのドラマを与えていく。実話であれ、創作であれ、物語の中に誰かの生活感があり、その向こうに自分の日常が見える。そんな物語が“怪談”なのではないでしょうか」

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 そうした考えに至ったのは、読者から届いた一通の手紙がきっかけだった。

「私自身一番気に入っている『七つのカップ』という作品があります。これは、怪談競作集『怪談実話系』シリーズへの寄稿作品として書いたものでした。実話系に収録する作品は、創作怪談でありながらも必ず実話をベースにしなければいけないのですが、私が依頼を受けた刊のテーマは『愛』。なかなか手強くて、かなり悩みながら書きましたが、出来上がりは自分でも満足のいくものでした」

 そして、その作品に対し、感想の手紙を寄せてきた読者がいた。送り主はおそらく50代から60代と思しき女性。そこには、こう記されていたそうだ。

「この物語に書かれている出来事は、本当にあったことなのですか?」

 なぜわざわざ手紙を出してまで、そんなことを訊かなければならなかったのか。背景には、女性の悲しい過去があった。

「昔、息子さんを交通事故で亡くされたのだそうです。もう本当につらくてつらくて、一時は後を追われることすら考えられたのだとか。周囲から『息子さんはそんなことは望んでいない』と言葉を掛けられても、心のどこかに納得できないまま、今日に至った。だけど、たまたま『七つのカップ』を読み、登場人物の女の子が取った選択にとても心が揺さぶられたと。そして、『書いてくれてありがとうございます』とまで言ってくださったんです。このお手紙を読んだ時、怪談とはただ恐怖を煽るだけのジャンルではなく、誰かの喪失だったり、心の傷に寄り添いながら、人に愛され、何百年の歴史を紡いできたのだと腑に落ちました。私が書いたこと以上の意味を見出してくださる方が必ずいる。あらためて、怪談とはとても深いものだと感じました。同時に、だからこそ私自身こんなにも惹かれるのだろうと」

 一人の女性の心を救った物語がどんなものであるのか。ここで詳細を書くことは避けよう。“物語の力”を最善の形で示した作品は、ぜひ実際に読んでみてほしい。

タイトルに込められた思い

『七つのカップ』のように、静かな感動に身を委ねたくなる作品がある一方、不条理な結末に足元が崩れるような不安にさらされる「十円参り」や「マルとバツ」、現代社会に潜む異形を描く「スイッチ」「ナマハゲと私」、辻村さんの生活体験から生まれた正真正銘の実話系「だまだまマーク」「私の町の占い師」など、怪談の見本市のような本書。書名は短編集に多い収録作から選ぶ形ではなく、新たなタイトルを冠する形になった。

「今回は表題作を取るのではなくて、全部に共通する何かを象徴するようなタイトルにしたいと思いました」

 とはいえ、とにかくバラエティ豊かな作品集であるがゆえ、決定までに時間がかかった。

「結局、思い浮かんだキーワードが“きのう”でした。私たちは、今この時に今日という日を生きていますが、次の瞬間には日常が奪われてしまう現実があることをよく知っています。だけど、日常の喪失は、もしかしたら昨日のうちに始まっていたのかもしれない。気づかないだけで、今日はもういつもと同じ日ではないのかもしれない。そんな気がふとしたんです。そして、次に出てきたのが影踏みというキーワード。子供の遊びの中でも、“影踏み”ってちょっと怖い雰囲気があるなと思っていたら、担当編集者から昔の影踏みは夜に月明かりで行っていたもので、さらに遡れば人身御供を決める行為だったという説もあると聞き、これだ! と。怪談は、昔あった出来事の影をずっと探し続ける物語なのかもしれない、そんな思いを込めています」

 辻村さんがこよなく愛する物語だけを閉じ込めたこの一冊、そこには、あなたが忘れている“きのう”があるかもしれない。

取材・文=門賀美央子 写真=下林彩子

 

紙『きのうの影踏み』

辻村深月 KADOKAWA 1500円(税別)

遊び仲間が消えた。ただいなくなったのではない。存在さえなかったことになっているのだ。まさか噂になっている神社の賽銭箱の都市伝説が本当に発動したのだろうか。小学生の他愛ない悪意が予想外の結末につながる「十円参り」をはじめ、書きおろし1編を含む13編が収められた短編集。不思議で怖くて、時々優しい、辻村深月の新しい世界が楽しめる。