話題の恋愛×ミステリー『崩れる脳を抱きしめて』 知念実希人×げみトーク&サイン会

小説・エッセイ

2017/10/10

『崩れる脳を抱きしめて』(知念実希人/実業之日本社)

 『仮面病棟』で知られるミステリー界の俊英、知念実希人さんの新作『崩れる脳を抱きしめて』(知念実希人/実業之日本社)が9月15日に刊行された。

 それを記念して9月24日、紀伊國屋書店新宿本店1階ひろば特設会場にて、カバーイラストを担当したイラストレーター・げみさんとのトーク&サイン会が開催された。旬のクリエイターがそろい踏みしたイベントの模様を、詳しくレポートしたい。

 さわやかな秋晴れの日曜となった東京。紀伊國屋書店新宿本店の店頭には、イベント開始を待ちかねて、早くから多くの人が集まった。お二人の熱心なファンなのだろう、『崩れる脳を抱きしめて』やげみさんの画集を手にしたファンの姿も目につく。そして14時ジャスト、店頭に設けられた特設スペースに知念さんとげみさんが姿を現した。

「こんなに人が集まってくれてびっくりしています」と観衆でいっぱいの会場を見わたして、知念さんが第一声。「何を話すか決めてこなかったんですが……とりあえず、げみさん、ご結婚おめでとうございます」と話題を振ると、最近入籍を済ませたというげみさんは照れ笑い。公開でのトークイベントは初めてながら、普段からよくお酒を酌み交わすというお二人だけに、終始リラックスしたムードでのトークが繰りひろげられた。

『崩れた脳を抱きしめて』は、海沿いのホスピスで実習をしている研修医・碓氷が、脳腫瘍を患ったミステリアスな女性・ユカリと出会い、次第に心を通わせてゆく、という物語だ。これまで医療ミステリーを手がけてきた知念さんにとって、初の恋愛小説にあたる同作は、発売前から読書メーターの読みたい本ランキング第1位を獲得(単行本部門/週間:期間8月30日~9月5日)。発売後もAmazonロマンス部門で第1位を獲得(9月19日)するなど、好調な滑り出しを見せている。この日のイベントではまず、作品執筆の経緯が語られた。

「1年くらい前に『時限病棟』という作品を書いて、各地の書店にご挨拶回りをしたんです。その最中に編集さんが、来年は単行本を出しましょうと言ってくれた。そこまでは良かったんですが、『恋愛ものでいきましょう』という話だったので……『いやです』と即答しましたね(笑)」(知念さん)

 自分はミステリー作家、恋愛小説ならもっとうまく書ける人がいる、という思いから一度は断った知念さんだったが、その日のうちに本作の核となるアイデアが浮かんできたそうだ。

「これは書けるんじゃないかというアイデアが浮かんで、夜までに大体固まっちゃったんで、これは書かないとしょうがないなと(笑)」と意外な誕生の秘密を明かした。

 知念さんはこの時点でイラストをげみさんに依頼しようと決めていたそうで、「今回はキャラクターよりストーリーで感動させる作品。雰囲気を大切にしてくれる方にお願いしたかった。一枚の絵として飾っておきたくなる、そんな風景を描けるのはげみさんしかいない」とその理由を説明。作品を読んで「これは勝負作だなと感じた」というげみさんは、わずか2、3日でラフを完成させた。

「絵として飾れるものにしてほしい、という知念さんの一言があって描けた作品。普段はここまで自由に描かせてもらえません」とげみさんはふり返る。

サイン会で配布された特製ブックカバーのイラスト
単行本のカバーイラスト

 今回、イラストは2バージョン制作されている。1枚は単行本のカバーに使われている、夕焼けの砂浜を女性が歩いている構図。そしてもう一枚は、風船を手にした女性が波打ち際に横たわっているという印象的な絵だ。

「2枚とも素晴らしくて、どちらを装画にするか迷いました。単行本で使わなかったバージョンはプルーフ(内容見本)に使いましたが、こんな贅沢な使い方ができたのは初めてです」と知念さんが言うと、「2枚描いたのは僕も初めての経験」とげみさんが笑う。お二人の信頼関係をうかがわせるエピソードだった。単行本に使用されなかったイラストは、特製ブックカバーとして、トーク後のサイン会で配布された。

 イベントの後半ではモニターを使用して、イラストと本文の制作過程が紹介された。

 デジタルで制作しているげみさんは、実際のデータを表示しながら、完成までの歩みを説明。書店で本を目立たせるため、色のバランスには特にこだわったと話した。

「明るい背景に鳥などの白っぽいモチーフが重なる。それを共存させるのが難しかったです。ちょっとの違いで、暗い絵になってしまうので、描いては直してのくり返しでした。こんなに苦しんだ絵は初めてかも」(げみさん)。

 続いて映し出されたのは、赤ペンの書き入れでいっぱいのゲラ(校正刷り)の画像。知念さんは書き上げた本文に5回も赤字を入れ、作品をブラッシュアップしていったそう。従来はストーリーの面白さを重視し、できるだけシンプルな表現を心がけているというが、「今回は美しい物語にしたいというのがあった。目が止まらないぎりぎりのところで、表現としても美しさを目指しました」と知念さんは話す。

 主人公らが話すリアルな広島弁は、広島出身の出版社の編集者にチェックしてもらったそうで、「これでもかというくらい赤字が入った。すべて言われるままに直しました(笑)」というエピソードに、会場からも笑いがもれた。普段はなかなか見ることのできない創作の舞台裏に、集まったファンは興味津々の様子で聞き入っていた。

 質疑応答タイムでは「キャラクターの名付け方は?」「気に入っているキャラクターは?」「作業中に聞いている音楽は?」など、さまざまな質問が飛び出し、お二人が丁寧に回答した。「知念さんのすべての作品に共通していることは?」という問いに対して、「読者を驚かせるようなストーリー。ここが面白い、と一言で説明できるような作品を書きたい」と明快に語っていた知念さんの姿が印象的であった。

 トークは「これは二人で作りあげた作品。僕にしか書けない恋愛小説になっているので、ぜひ読んでみてください」との知念さんの言葉で終了。続いて開催されたサイン会では、多くのファンが長蛇の列を作っていた。

 今年から来年にかけて、エンタメ小説界にさまざまな話題を振りまきそうな『崩れる脳を抱きしめて』。今後も関連イベントが各地で開催されるそうなので、気になる方は実業之日本社のサイトを参照してみていただきたい。

取材・文=朝宮運河