「本当のところは…と考えさせる余白がある」本のプロが語る“野原広子作品”の魅力【花田菜々子さん×新井見枝香さん対談】

マンガ

公開日:2021/7/9

新井 人の二面性と言うか、一言では語れない部分を描くのが上手ですよね。私、『消えたママ友』では有紀ちゃんの旦那さんがすごく気になったんですよ。コー君ママのことを「春ちゃん」って呼ぶのは、確信犯だと思うんだよね。距離感おかしいじゃないですか、ママ友に対して。他のママのことはちゃん付けで呼んでいなさそうだし。そう呼んだら喜ぶって、わかってたんじゃないかな。

花田 細かい!

新井 実際、春ちゃんは旦那さんにちょっとときめいていたわけでしょう。一足飛びに不倫とかに結びつかなくても、ママ友っていう女性だけの社会に、たまに男性がまじることによって均衡が崩れるというか、スパイスになることって実際にあるんじゃないかなって思いました。「今日はあのパパがくるから」って少しだけおしゃれしたりさ。子どもが生まれたからって、100%でママという生き物になるわけじゃないんだってことも、そのわずかな描写で浮かび上がってくるからすごい。

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消えたママ友

消えたママ友

花田 有紀ちゃんの息子のツバサ君の描き方もよかったですね。だんだん情緒が不穏になっていく彼をみていると、つい「ママがいなくなったから」「ああいうおばあちゃんに育てられたから」って言いたくなってしまうけど、原因をなにかひとつに求められるようなことじゃないんだ、っていうのが伝わってくる。もしかしたら彼は、別の誰かを加害してしまうかもしれないとひやひやさせられもするんだけど、そうじゃない部分もちゃんと残されているのがわかるから、切なくもなる。

新井 わかんないんだよね。“どっち”なのか。春ちゃんが有紀ちゃんに会ったのを知って「ママ、笑ってた?」って聞いていたけど、「笑ってて嬉しい」なのか「僕と一緒じゃないのにどうして幸せなんだ」なのかも、わからない。

花田 すべてにおいて原因と結果が明確ではなく、揺れているところが好きです。物語の展開として、だけでなく、私たち自身が「本当のところはどうだったんだろう?」と考えさせられる余白がある。ママ友関係を基軸に描いているから、有紀ちゃんも素敵な人に見えているけど、本当のところはどうだったかわからないよなあ、とか。お姑さんの視点で描いたら、まったく別の物語になりそう。

新井 人の性格って最初から決まっているものじゃなくて、人間関係のなかで構築されていくものだし、状況次第でいい方向にも悪い方向にも転ぶ。いいか悪いかの判断だって、見る人によって変わってしまう。ということが伝わってくる作品は個人的に好きですし、小説読みの人たちにも好まれると思います。

消えたママ友

消えたママ友

花田 『消えたママ友』には、シスターフッドも感じました。女が集まるとすぐ揉めるとか嫉妬するとか、これまであまりに言われすぎてきたことを一度リセットしたいなと思っているんですが、だからといって「友情、最高!」「ずっと一緒だよね」みたいな同調圧力にもしたくない。そのちょうどいいところを、『消えたママ友』では描いているんですよね。

新井 仲が良かったはずなのに、なにも告げないまま有紀ちゃんが消えてしまったことに「なんだよ!」とはなっているけど、好き勝手言う声には「そんな人じゃないよ!」って本人がいないところでも憤ることができる。あの感じはいいですよね。

消えたママ友

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