「本当のところは…と考えさせる余白がある」本のプロが語る“野原広子作品”の魅力【花田菜々子さん×新井見枝香さん対談】

マンガ

公開日:2021/7/9

花田 最後に「しょせんママ友」ってセリフが出てくるけど、その距離感がすごく好ましかった。全部許すでも、全部否定するでもない。わかりあえたように思えた直後でも、やっぱり相手と自分を比べて仄暗い感情が芽生えていたりもする。でも「元気でいてくれてよかった」「幸せでいてほしい」と願う気持ちは嘘じゃない。100%の友情じゃなくても、今日を生き抜くためにとりあえず目の前のタスクを助け合う、みたいな関係がリアルだし、私も友達とはそうありたいなと思うから。最近読んだ小説『ミカンの味』(チョ・ナムジュ:著、矢島暁子:訳/朝日新聞出版)にも通じるものもあります。

新井 『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ:著、斎藤真理子:訳/筑摩書房)の著者が最近出した本。

花田 そう。あれも女性四人組の話で、高校受験をするまでの一年間を描いている。「みんなで同じ高校に行こうね」って約束した裏で、打算や足の引っ張り合いが起きるんだけど、じゃあその友情が偽りなのかというと、決してそんなことはない。一生続く関係じゃなくても、ある時期、ある瞬間、誰よりも必要な存在だったし救いだったのは確かで、その出会いがあったから今を生きられている、という視点はこれからの時代に必要なんじゃないかなと思います。あとは犬山紙子さんの新書『すべての夫婦には問題があり、すべての問題には解決策がある』(扶桑社)は、野原広子ファンにもおすすめです。私はやっぱり、不満があればとことん話し合いたい派なので、解決策の選択肢はたくさんもつに越したことはないと思っていて。

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新井 無視されてしまうのは怖い(笑)。

花田 怖いです(笑)。無視するしかない状況に追い込まれてしまうことも、もちろんあると思うんですけどね。犬山さん自身が、キレやすい自分に困っていて、愛する家族なのにどうしてこんなに苦しめてしまうんだろうとカウンセリングを受けた結果、どうにもならないと思っていたことも解決できるのだと知った。その経験からさまざまな夫婦の問題をインタビューしていくという本なので、どうすれば自分たち夫婦の問題は解決できるんだろうかと考える力を養えると思います。「自分の悩みなんてよくあることだから、我慢しなきゃ」ではなく「問題のない夫婦なんていないんだから、卑下せず解決法を探そう」とポジティブになれる。

妻が口をきいてくれません

新井 怒る方も怒られる方もそれぞれつらいんだよね。『妻が口をきいてくれません』もそうだったけど、いったん無視をはじめたら、引き際がわからなくなってしまった、ってことはよくあるし。なんでこんなことになっちゃったんだっけ? 自分は何をしたかったんだっけ? ってこんがらがったときに、そういう本があるとすごく助かる気がする。私のおすすめは『ふたりぐらし』(桜木紫乃/新潮社)という小説です。

花田 桜木紫乃さん。好きですねえ。

新井 主人公は、自分の母親とどうにも気があわなくて苦しんでいるんだけど、結婚して、愛情を惜しみなく注ぐことができる相手と出会えたのをきっかけに、「嫌いなままでいい」と思えるようになるんです。血のつながった親にしろ、義理の親にしろ、ママ友関係にしろ、気の合わない人というのは世の中存在するわけで、その全部とうまくやらなきゃいけないと思うとしんどくなっちゃう。有紀ちゃんもたぶん、いい妻・いい嫁であろうとしすぎたんだと思うんですよ。表面的なふるまいだけでなく、お姑さんのこともできるだけ好きになろう、感謝しなきゃと頑張っていたからこそ、憎しみが増してしまったんじゃないかな、と。でも「姑、最悪。嫌い」って思うことを自分にもっと許していたら、見える景色も違ってたんじゃないかと思います。

消えたママ友

花田 「あのときこうしていたら、もしかしたら」をどんどん考えてしまうところも、野原さんの面白さですね。吉田修一さんの『悪人』(吉田修一/朝日新聞出版)にも近いところがあるなと思う。人を殺すのは確かに悪いことだけど、その人を知ると悪人だと言い切ることができない。でも善人なのか?といえば、やってることはひどいわけで……。野原さんが『悪人』をコミカライズしたらどんなふうになるんだろう。ちょっと読んでみたい。

新井 芦沢央さんの『獏の耳たぶ』(芦沢央/幻冬舎)も合うと思う。主人公は、出産したばかりのときに、出来心で我が子をよその子と取り換えてしまうんだよね。で、やっぱり駄目だと思って戻そうとしたら、タイミング悪くできなくなってしまうっていう。辻村深月さんの『朝が来る』(辻村深月/文藝春秋)もそうだけど「そんなつもりじゃなかったのに!」っていう人たちを描いた小説を、野原さんにはコミカライズしてほしいなあ。

花田 野原さんに描いてほしい作品リストなら無限につくれそう(笑)。オリジナルでも、もっといろんなテーマで描ける方だと思うので、新作も楽しみにしています!

花田菜々子 はなだななこ
「ヴィレッジヴァンガード」に12年勤務したのち、「二子玉川 蔦屋家電」ブックコンシェルジュ、「パン屋の本屋」店長を経て、現在は東京日比谷にある書店「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」店長。著書にドラマ化が決定した『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』、『シングルファーザーの年下彼氏の子ども2人と格闘しまくって考えた「家族とは何なのか問題」のこと』がある。

新井見枝香 あらいみえか
書店員・エッセイスト・踊り子。独自に設立した文学賞「新井賞」は、同時に発表される芥川賞・直木賞より売れることもある。現在は「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」勤務。著書に『探してるものはそう遠くはないのかもしれない』『本屋の新井』『この世界は思ってたほどうまくいかないみたいだ』がある。「小説現代」「新文化」「本がひらく」でエッセイを、「朝日新聞」で書評を連載中。

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