寝苦しい夜のお供に。親子でゾクっとできる『怪談えほん』シリーズ

文芸・カルチャー

更新日:2021/10/1

 寝苦しい日が続く夏は、背筋がひんやりとする物語が恋しくなるもの。そんな時におすすめしたいのが岩崎書店から発売されている『怪談えほん』シリーズ。

 宮部みゆきや京極夏彦、恒川光太郎など、怪談文芸や怪奇幻想文学のプロフェッショナルたちの文と実力派の絵本作家・画家たちの絵の力が集結した“怖い話”は深みがあり、美しい仕上がりに。各巻に詰め込まれた「恐怖」は子どもだけでなく、大人をもゾクっとさせてくれます。

 本稿では現在刊行されている全10作品を紹介。子どもの頃のように「おばけ」では恐怖を感じられなくなったあなたも、本シリーズを手に取れば、言葉にできない不気味さを楽しめるでしょう。

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■あなたもきっと欲しくなる。この世でいちばん“悪い本”

『悪い本』(宮部みゆき:作、吉田尚令:絵、東雅夫:編)

 思わず手に取ってしまうほど書名にインパクトがある『悪い本』(宮部みゆき:作、吉田尚令:絵、東雅夫:編)は、自分の悪心を見透かされたような気持ちになる作品。単に怖いだけでなく、「悪」とはなにかを問いかけてくるため、子どもにとっては悪というものに初めて向き合う本となり、大人は心の奥に隠している邪心と向き合わされます。かわいさと怖さが同居している悪い本は“この世の中でいちばん悪いこと”を教えてくれるのです。

■壊れた自分の右目に小さい弟を入れた少女の末路とは?

『マイマイとナイナイ』(皆川博子:作、宇野亜喜良:絵、東雅夫:編)

『マイマイとナイナイ』(皆川博子:作、宇野亜喜良:絵、東雅夫:編)は、作品から溢れ出る病的な美しさに浸れる1冊。主人公のマイマイはある日、小さい弟・ナイナイを発見。マイマイは壊れた自分の右目にナイナイを入れ、そっと目を開けることに…。すると、そこには不思議な世界が広がっており、マイマイは予想だにしない末路を辿ることとなるのです。自分の行動は必ずしも幸せに繋がるとは限らない。本作は、そんな残酷な真実を知る初めての本になるでしょう。

■ネット上でも話題に! この家にはだれかいるの? いないの?――

『いるの いないの』(京極夏彦:作、町田尚子:絵、東雅夫:編)

 ネット上で「怖すぎる絵本」として話題の『いるの いないの』(京極夏彦:作、町田尚子:絵、東雅夫:編)は、トラウマレベルの恐怖を与えてくれます。主人公は、おばあさんの古い家でしばらく暮らすことになった「ぼく」。家の暗がりに、誰かがいるような気がしてならない「ぼく」は、その気配に怯えるようになっていきます。誰しもに心あたりがある、暗がりへの恐怖心。ラストまで、「誰かいるの? それともいないの?」とドキドキしながら読み進められます。

■友だちに誘われ、この世ではない「ゆうれいのまち」へ

『ゆうれいのまち』(大畑いくの:絵、東雅夫:編)

 結末が読めないホラー作品を多数手掛けてきた恒川光太郎が生み出した『ゆうれいのまち』(大畑いくの:絵、東雅夫:編)は、この世ではない別世界を堪能できる作品。真夜中に友だちから「遊びに行こう」と誘われた主人公が家を出ると、なんと丘の向こうには「ゆうれいのまち」が…。神隠し的な展開に驚かされる本作は、日常が日常でなくなることの怖さを感じさせてくれるため、大人の心にも刺さるはず。子どもにも読み聞かせしたい1冊です。

■「きいきい」と鳴るドアにはもう近づけない――

『ちょうつがい きいきい』(加門七海:作、軽部武宏:絵、東雅夫:編)

 子どもが怖がる「おばけ」をちょっぴり違った視点から描いたのが、『ちょうつがい きいきい』(加門七海:作、軽部武宏:絵、東雅夫:編)。部屋の扉を開けると聞こえる、きいきいという嫌な音。気になって見てみると、なんとそこにはおばけが挟まっていて、痛い痛いという叫び声が聞こえてくるではありませんか。あっちこっちから聞こえる、きいきいというリズミカルな音は頭にこびりついて離れなくなるはず。読後は家のきいきい音で、この世ならぬものを連想するようになってしまうでしょう。

■身近に潜む恐怖に身震い。鏡の中のあべこべな世界

『かがみのなか』(恩田陸:作、樋口佳絵:絵、東雅夫:編)

 いつの時代も、鏡には不思議な魔力が宿っているように感じられるもの。『かがみのなか』(恩田陸:作、樋口佳絵:絵、東雅夫:編)も、そう思わせてくれる怪談話です。少女と鏡をめぐる本作は、恩田氏の詩的な文と樋口氏の不気味なイラストが見事にマッチ。鏡の中のあべこべな世界が巧みに表現されています。家でも街でも、見ない日はない鏡。そんな鏡の中の世界はもしかしたらこうなっているかも…と思い、ゾクっとさせられてしまうのです。

■女の白い足の幽霊と遭遇した少年は…!

『おんなのしろいあし』(岩井志麻子:作、寺門孝之:絵、東雅夫:編)

『おんなのしろいあし』(岩井志麻子:作、寺門孝之:絵、東雅夫:編)なら、「おばけなんか怖くない」と思っている子どもとも一緒に涼しくなることができます。主人公の男の子は学校の古い倉庫で女の白い足の幽霊に遭遇。恐怖は、そこからじわじわと加速していきます。岩井志麻子ならではの怖さ・エロさも存分に描かれ、少年の性の目覚めを想起させる怪しい怪談といえるでしょう。

■ほら、君のそばにも「くうきにんげん」がいるかもしれないよ

『くうきにんげん』(綾辻行人:作、牧野千穂:絵、東雅夫:編)

 人は異形のものに興味と恐怖を持つもの。『くうきにんげん』(綾辻行人:作、牧野千穂:絵、東雅夫:編)は、人のそんな心理を上手く突いた作品。一貫してヒトが描かれていないのも、他の作品にはないユニークな点です。誰も気づいていないけれど、世界中にたくさんいる「くうきにんげん」。見えない魔物に襲われた人間は空気になって消えてしまう…。そう語られる本作は再読するたびに新しい発見が得られる、斬新な怪談絵本でもあります。

■恐怖を生み出す“開かない「はこ」”の仕組みは?

『はこ』(小野不由美:作、nakaban:絵、東雅夫:編)

 仄暗い表紙が恐怖心を煽る『はこ』(小野不由美:作、nakaban:絵、東雅夫:編)は、中から音がするのに開かない「はこ」と「女の子」をめぐる、静かな恐怖の物語。開かなかった「はこ」がいつの間にか開くと、今度は中身がいなくなり、また別の箱が開かなくなってしまう…。それが繰り返されて迎える、残酷で深いラストは必見。自分にとっての「はこ」は何なのだろうと考えたくなり、あなたも恐怖の世界へ閉じ込められてしまうでしょう。

■まどのそとから聞こえる「かたかた」の正体

『まどのそと』(佐野史郎:作、ハダタカヒト:絵、東雅夫:編)

 風が吹いてもいないのにまどのそとから聞こえる、かたかたかた…かたかたかた…という音。現実なのか夢なのかも分からない世界。その中で鳴り止まない音の正体は一体…?『まどのそと』(佐野史郎:作、ハダタカヒト:絵、東雅夫:編)は、読み進めると分かる状況に、何度もページを行ったり来たりする作品です。繰り返す音と緻密な絵は、読み返すごとに新たな恐怖を生むことでしょう。

 本当に怖いのは「おばけ」だけではないのかもしれない。10作品の「怪談えほん」シリーズを手に取ると、怖さのバリエーションに驚き、目に映る世界が恐怖で彩られていきます。怪談は案外、身近なところにあり、いつでもあなたを取り込もうと狙っているのかもしれません。

文=古川諭香