社会人なのに「学業あせらず」!? 料理おみくじのもたらす出会いとは? 極上の料理を物語で味わう『うしろむき夕食店』待望の文庫化!

文芸・カルチャー

公開日:2023/5/10

うしろむき夕食店
うしろむき夕食店』(冬森灯/ポプラ社)
 キリンビール公式noteと出版社のポプラ社、作家の冬森灯氏が作り上げた小説『うしろむき夕食店』(冬森灯/ポプラ社)の文庫版が、2023年5月9日に発売。料理がその場にあるように錯覚するほど“おいしく味わえる”同作は、2021年2月17日に単行本として刊行された一冊だ。


 物語の舞台となるのは、お店の外までおいしい香りが漂ってくる「うしろむき夕食店」。“うしろむき”と聞くとネガティブな連想をしてしまいがちだが、店名の由来は正反対のポジティブな意味から来ている。少し前の古き良き時代を思い出す雰囲気から、親しみを込めて「うしろむき夕食店」と呼ばれているのだ。

 同店で提供されるお酒と料理は、どれも絶品揃い。中でもお店名物の「料理おみくじ」は料理名とともにひと言が添えてあり、いろいろ迷ってしまうお客さんに意外な出会いを与えてくれると評判らしい。

advertisement

 たとえば第1章にあたる「一の皿」の登場人物・高梨彩羽が引き当てたおみくじには、「学業あせらず炊き込みごはん」と書かれていた。おみくじに“学業”とあるが、彼女はラジオ局で働く社会人。学生でもなんでもない。しかし一緒にお店へ同行した友人は「当たってるね、私のも、彩羽のも」とおみくじの内容に感心する。いったいなぜか。そしてこのおみくじが彩羽にどのような出会いをもたらしてくれるのか。

 一の皿を含め、収録されているエピソードは全部で5つ。ハートウォーミングな物語の数々に、誰もがきっと心温まるだろう。

 同作は、メディアプラットフォーム「note」上で連載されていた物語を一冊にまとめた短編集。2020年秋からキリンビールの公式noteで連載されており、ポプラ社一般書通信、作家の冬森灯氏による異色のコラボによって誕生した。

 ちなみに企画の立案当初、作家の冬森氏はまだデビュー前。2020年に発売された『縁結びカツサンド』(ポプラ社)でデビューした冬森氏としては、絶対に落とせない連載を抱えることはかなりのプレッシャーだったという。

 キリンビールの公式noteに掲載された『うしろむき夕食店』座談会の記事では、当時の心境が語られており、それによれば吐いたことも書けなくなった時期もあったとか。それでも人物像を決める作業に3冊のノートを費やしたり、原稿を3~4回書き直したりと、決して手を抜かない冬森氏の姿勢が“おいしい小説”の旨みとして活きているのだろう。

 その結果、2021年に単行本が発売された当時のSNS上には「心を揺さぶるフレーズの数々がゆっくり体内に浸透していく感じ。おいしい料理同様に、じっくり噛んで含んで、味わいたい内容でした」「芸術と食に満ちた優しい物語。ろくなことない社会でも、この本を読んでいる間だけは現実を忘れられる気がします」「一歩を踏み出すヒントをもらいました。1日の終わりに読みたいおいしい作品に、乾杯!」といった絶賛の声が広がっていた。

 現在もキリンビールの公式noteには、物語を構成する「一の皿」から「五の皿」が掲載されている。ほかにも物語を生み出すまでの秘話や苦労話、冬森氏へのインタビューなども公開されているため、『うしろむき夕食店』を楽しむためのスパイスとして一緒にチェックしてみてはいかがだろうか。

あわせて読みたい