文芸・カルチャー

『サラバ!』を経て、見えてきた新たな世界――。又吉直樹 ×西 加奈子『i(アイ)』刊行記念対談【後編】

西さん、目を逸らさない。突出しているんじゃないですかね、作家のなかでも。(又吉)

書いてあることは“今の世界”。ビビッドなうちに読んでもらえたらうれしい。(西)

愛があるかどうかは自分にしか、わからない

――アイはかけがえのない人たちとも出会っていく。親友となるミナ、そして初めての恋人となるユウ……。

西 種明かしになっちゃうんですけど、アイはIで、ミナはALL、ユウはYOU。ミナは最初、名前が違っていたんです。でも、その子が、私とアイちゃんにとって大きくて、「なんでこの子にこれほど頼ってんだろう」と考えた。そしたら、あ! これ、社会だ、世界だ、と思って、名前をミナに変えた。最近、友達がつらい経験をしたんです。それで話を聞いていたんやけど、「あんたがいてくれてよかった」って、何度もその子が言ってくれるの。でも、私からしたら、その子がええ子やから一緒におるわけで、「あんたやで」って思うのね。「みんながいてくれなかったら私はいない」というその気持ち自体はすごく美しいと思うんです。でも、そのレベルがとても大きくなったら怖いことになるなと。それこそ国があるから、私がいるという考えにつながっていってしまうでしょう。ミナは理想的な子として書いたんやけど、それはそういう社会でありたい、個人が自由でいるのを、ずっと浜辺で温めようと待っててあげられるような社会でありたいという願いでもある。物語のなかのミナにも悩みがあるように、(ミナ=社会)にも悩みはあるし、失敗してしまうことだってある。そこで話し合える仲でありたい。ユウもそう。(自分=アイ)がいてこそのYOU。自分のことをまず大切にして、そこから、誰かを、社会を考えていかないと。

又吉 その手がかりが(アイ=愛)。

西 そうなんです。愛なの。

又吉 それがあれば、できるはずなんですよね。

西 何かをすることに対して、愛があるかどうかって、自分にしかわからないですよね。逆に言ったら、愛があったら誰にも文句を言われることはないはずで。たとえば寄付することで売名って言われようと、自分が愛を持ってしてたら、まったく揺るがないはずなんです。私はすぐ揺らぐんですよ。人にどう思われてんのやろ、とか、これって正しいのかな、とか。そういうときは誰かに相談させてもらって、ものすごい力をもらう。だから、私も、みんなにとってのミナやユウみたいになりたいと思うんです。

自分自身のことも“大切な友達”と考えればいいのかもしれない

西 たとえば、少年犯罪で刑期が終わった子のケアを大切にするとか。そういう社会に、自分も含めてなれたらいいなと思うんですよね。

又吉 再犯率がむちゃくちゃ高いから、更生を応援する受け入れ先がすごく重要ですよね。出所して働ける場所がないということになると、また犯罪に手を染めることになってしまう。でも今って、その人たちを受け入れる先まで偽善者と言われ、攻撃されている。そこがなくなってしまったら、自分の大切な人が誰かに殴られる確率もあがっていく。広く全体で見たほうがいいのに、自分の一番大切な人を守りたいなら、って思うんです。

西 大きく考えられへんようになってるんでしょうね。それも想像力の問題の気がする。

又吉 当事者は感情的になりますから。僕がいま知らんおっさんに殴られたら、すぐ殴り返すと思うんですけど、そのときは僕のことを止めてもらいたいんです。こんなわけわかんないやつ殴って何が悪いねんって、僕、言うと思うんですが、止めてください。そしたら2年後くらいにお礼を言いますから。「あのとき、止めてくれてありがとうございました」って(笑)。

西 あははは(笑)。殴りたい気持ちもわかるけど。

又吉 そうなんです。でもそれは殴った人の幸せにはならんから。友達が殴ろうとしていたら止めますよね。だから自分自身のことも、大切な友達って考えればいいのかもしれない。でも、以前に比べて、殴りたいって思うまでの時間は大分長くなってきましたね。

西 年齢のせいかな?

又吉 それもあるし、相手の立場に立てるようになってきたということなんですかね。僕、手紙って捨てられなくて。なかには呪いの手紙みたいなのもあるんです。僕のことをすごく嫌ってる手紙。

西 そんなものも、とっとくんや(笑)。

又吉 お前、いい気になるなよって。筆跡から見て、同じ子が何通も。

西 そんなの、送ってくるんや。そういうときの怒りってどうするの?

又吉 話したいと思いますね。その子と。しんどいんやろなって。憎しみみたいなものは、なぜか一切湧いてこない。

西 かわいそうやな、みたいな?

又吉 あほやなって。ナメてるほうのあほやな、じゃなくて。俺じゃないやん、と思うんです。

西 ぶつける相手が、力の使い方が間違っているよね。

又吉 もったいないなと思いますね。

西 書くっていう行為って力がいりますよね。ネットで悪口とか書いてる子に、大きな筆を持たせたい。

又吉 そうですよね。

西 いい絵を描いてほしい。そのパワーで。

又吉 もったいないですよね。そして身近に発表の場があることも、もったいないなって。

西 そうですね。今、簡単に発表できちゃうから。

又吉 誰にも見せへんノートに書いてるぐらいのほうが、後々大きな爆発を起こすことになると思うんです。僕らが10~20代の頃って、ネットがなくて、ほんまに感謝しているんです。もし、ブログがあったら、僕、あの成人式の日のこと、書いてしまっているかもしれない。誰かに対する憎しみとか、世間に対する納得いかへんことを。そういうのって、自分のなかにためて、それをどうやって表現に変えるかということを考えるものだと思うんです。どうやったら自分の声ってデカくなんのやろう、どうすれば、あいつの声なら聞いてみようって思ってもらえる信用を得られるんやろって、考えることになる。そして、表現をもっと研ぎ澄まさなあかん、もっと質をあげなあかん、って考えると思うんです。

西 そうですね。

又吉 ネットでは、悪口だけで表現になっている、発言ができてると思ってるから、僕、それが一番、もったいないことなんじゃないかなと。天才ならいいんですけれど、普通に努力して、だんだん実力あげていって、天才たちと戦えるように成長していく、大多数の人が属するタイプの人間にとっては、もったいないことになっているのかなって。

「私はこう思います」と提示する以上の可能性をこの小説は生み出している

西 又吉さんがこの小説について、個人的に感想くださったとき、ラストシーンがよかったという言葉がすごくうれしくて。あのシーン、すごく大切で、世界と個人を愛し合える世界でありたい、いくら年をとっても、知識を得ても、恵まれていても、抱きしめられたいし、抱きしめたいという想いを込めて書いた場面だったから。

又吉 ただただ、ぐっときました。この物語が流れていった先の、アイとミナがいるあのシーンは。すごく安心できたというか。アイが背負っているものとか、ミナが置かれている状況とか。それと同時に、アイ自身の物語を含め、いろんな感覚、価値観みたいなものを生み出している。『i』を読んで、小説というものは、ものすごく大きな可能性を世界に持たせることができるのだと思いました。『i』は「私はこう思います」と提示する以上の可能性を生み出している小説やなと。

西 うれしい。

又吉 今日、西さんの話を聞いて思ったのは、最後の場面、(社会=ミナ)と、(私=アイ)が結びつくこと。そして、それは読む人によって、全然感じ方も違うやろなと。

生き残ったからこそ書ける そこを自分は引き受けていく

又吉 ラストには、昨年、世界中の人々が胸を突かれた、ある報道写真の話も出てきますよね。

西 あの写真、しばらく見られなかったんです。でも時間が経ってから見て、その気持ちをそのまま書いた。そこから一気にいろんなもの見て、読んで、今世界で何が起こっているかということを知り、その勢いでこの小説を書いた。そこでは、やっぱり作家がどこまで書いていいのかということにも悩んで。私は安全な場所にいるのに、って。でも、生きている人間にしか書けない。ティム・オブライエンがベトナム戦争のことを書き、アレクサンドル・ヘモンという人も、なくなってしまった祖国、旧ユーゴスラビアのサラエヴォの戦火から逃れた自分のことを書き……その方たちの文章には一様にシャイネスがあって、「生き残ってしまった」という感覚を受けるんです。でも、生き残ったからこそ書けるということもある。私たちはそこを引き受けていくべきやと思ったんです。

又吉 ほんと頼もしいですよね。小説家やなぁと思います。僕、いま2作目の小説書いてるんですけど、むちゃくちゃ考えるんです、小説を書く理由を。お笑いは、ライブでお客さんを笑かしたいという明確な目的があるから、なんの迷いもなくできるんですが。でも、西さんや中村文則さんの小説を読むと、これは書くという行為を迷わんやろなと思うんです。西さん、突出しているんじゃないですかね、作家のなかでも。目を逸らしてない。

西 逸らしたくないんです。

又吉 『i』は、今後も読まれていく物語やと思うんですけど、読む時代、時代で感じ方が違うと思う。でも一回、このタイミングで読んでもらいたいです。“今”世界で起こってること、起こってきたことを読んでもらいたいですね。

西 私自身、世界側の人間として、こうありたいということを、このタイミングに大声で叫んでみた。それがこの小説なんです。ほんとに“今”読んでほしい。ここに書いてあることは、“今の世界”やから、ビビッドなうちに読んでもらえたらうれしいです。

取材・文=河村道子 写真=江森康之
ヘアメイク(又吉直樹)=赤松絵利(esper.)

にし・かなこ●1977年、テヘラン生まれ。2004年『あおい』でデビュー。07年『通天閣』で織田作之助賞、13年『ふくわらい』で河合隼雄物語賞、15年『サラバ!』で直木賞を受賞。『舞台』『円卓』『炎上する君』『まく子』など著書多数。

またよし・なおき●1980年、大阪生まれ。2003年、綾部祐二とお笑いコンビ「ピース」を結成。『キングオブコント2010』準優勝。15年『火花』で芥川賞受賞。著書に『第2図書係補佐』『東京百景』『夜を乗り越える』、共著に『芸人と俳人』など。



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