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棚橋弘至、プロテインで嫁とケンカ!? 『i』を通して愛を語る!


 シリアで生まれ、アメリカ人の父と日本人の母のもとに養子として引き取られた、ワイルド曽田アイは、幼いころから常に自分が「愛されること」について葛藤の中にいた――。西加奈子さんが「どうしても描きたかった」と強い思いを持って書いた小説『i』。

 かねてから「プロレスに勇気をもらっている」と語ってきた西さんがリスペクトする、新日本プロレスの棚橋弘至選手にインタビュー。『i』について、そして“愛”について、たっぷりと語ってもらった。

 

■アイと同じように「何で俺なんだろう?」という気持ちを抱えていた

――棚橋選手からは、すでに一度『i』にコメントを寄せていただいています。棚橋選手の決め台詞「愛してま~す!」にかけた“「i」してま~す!”というコメントが秀逸でした。


 

棚橋:最初にいくつかコメントを送った後に思いついて、「これは行ける!」と。うまいことを言いたい気質なので、思いついた時は嬉しかったです(笑)。

――“心の深いところまで届く救いの手”というコメントも印象的です。

棚橋:はい。世の中、どっちかがうまくいったらどっちかがうまくいかない、ということのほうが多いと思うんですが、この小説では、出てくる人たちそれぞれに何かしらの救いがあって、それがとてもいいなと。

 そういう小説を読んだのが初めてだったんですよ。僕が今まで読んできたのは、勧善懲悪だったり、悪者は置いておいて主人公のみが幸せになったりというような単純な世界のものが多くて。でもこの小説では、普通なら途中で諦めてしまいそうな「どっちも救う」ことを、最後までやり遂げていた。すごく丁寧に作られた作品だと思いました。


――登場人物に関してはどんなふうに見ていましたか。

棚橋:この前、西加奈子さんと対談した時に、登場人物の名前の話になって。主人公のアイが「I」で、恋人のユウが「YOU」、というところまでは僕も気づいたんですが、もう1人友だちのミナが「皆」=オールという意味だと聞かされて……それに自分で気づけなかったのが残念でした(笑)。

――特に気になったのは誰でしたか。

棚橋:やっぱりアイですね。彼女の葛藤が気になりました。なぜ自分が両親に選ばれたのか、自分が幸せになっていいのか、という葛藤が何回も出てきますよね。幸せを享受することに悩む。僕の好きな「自己犠牲の精神」と少しシンクロしているんですけど。

――棚橋選手というと、幸せを受け取ることにも、与えることにも躊躇がないイメージで、アイとは逆の人なのだろう、と感じていました。アイに「共感」して読んでいるというわけではないのでしょうか?

棚橋:うーん……でも、やっぱり共感ですね。僕も同じような経験はしてきたので。僕は新日本プロレスでチャンスを与えられて、それをものにして、チャンピオンになった。でも「何で俺なんだろう?」と思うわけですよ。練習生の時から、僕よりもっとすごい選手もいたし、一番になりたい人ばかりの中でトップに立とうとすれば、ジェラシーの対象にもなる。いろいろと葛藤はありましたけど、チャンスを与えられたら、やるしかないんですよね。会社を引っ張っていく責任もあるし。チャンピオンになるってことは「神輿に乗る」ってことなんですよ。アイちゃんは、小説の後半までずっと悩み続けるじゃないですか。だから「早く切り換えればいいのに……」とずっと思いながら読んでいて。そのおかげで、ぐんぐんこの世界に入っていけました。

 

■ミナみたいな人は…僕にはいません 孤高なので


――アイの恋人であるユウに関してはどうですか?

棚橋:それが……ユウの印象があまり残っていないんですよね。現実世界でも「いい人」はあまり印象に残らなかったりするので……そのせいですかね? アイとミナのお話の流れが強烈だったので、そちらの印象が強いんです。

――なるほど。確かに、アイとミナの話に帰結していきますね。ミナのことはどんなふうに思いますか?

棚橋:表面的には明るくてしっかりしていて、アイの味方をしてくれるいい子、なんですけど、闇が深いなあと。いろいろなものを――絶対的な解決策のないものを抱えていますよね。でも西加奈子さんは逃げずに、そこにも救いを与えたんだ、と読んでいて思いました。

――2人の関係についてはどう思いますか。

棚橋:出会うべくして出会った2人だったのかなと感じました。お互いにとって、いてほしい存在。それがアイにとってはミナだし、ミナにとってはアイだったんじゃないかなと。

――棚橋選手ご自身には、そういう関係の方はいらっしゃいますか。

棚橋:僕には……あまりいないかもしれませんね。(笑いながら)孤高なので。

――トップに立つ者の孤高、でしょうか。

棚橋:うーん……どうでしょうね。僕はあまり人に悩みを打ち明けたことがないんですよ。悩みは抱えたまま自分で何とかしてしまうので。今までは人に悩みを相談されることも苦手だったんです。誰かに相談してくるということは、ある程度答えがあって、言ってほしい言葉がある場合が多いと思うんですよ。でも僕は、欲しい言葉を言えなかった。僕自身は判断が早いので、「何で決められないんだろう?」と思ってしまうんですよ。でも今は、ちゃんと悩みに答えるようになりましたよ。

――なぜ今は答えるようになったのですか?

棚橋:年を重ねたからですかねえ。あとは相談してくる人の心理状態を理解したから。相談するって、結構ハードルが高いことですよね。それを超えて僕に相談してくれるんだったら、しっかり答えようと思うようになりました。

 若い時は性格が非常にチャラかったこともあって(笑)、好きなほうに決めればいいじゃん! と思っていました。でも、いろいろな方と接しているうちに考え方が変わってきた。キャリアを積んでいくと、自分にできないことが増えてくる。そうなると、自分ができないことができる人は、全て尊敬の対象になるんですよ。その考えは世界平和に繋がると僕は思ってます。お互いに尊敬し合える、リスペクトのあふれる世界になって、争い事がなくなるんですよ……!

 

■プロテインはこぼれているのか? こぼれていないのか?


――作中で、アイとミナが「ありがとう」と「ごめんなさい」の代わりに「大好きだよ」と言い合うシーンがあります。大好きという言葉の強さを感じたのですが、棚橋選手はどう思われますか。

棚橋:いい言葉ですよね。「大好きだよ」って、お互いの気になるところとか、それまでのケンカとか、全部をチャラにしてくれる言葉なんじゃないですかね。1回リセットしてくれる。

――棚橋選手は日常生活では「大好きだよ」と素直にいえるタイプですか?

棚橋:僕は言いますね。「好き」な感情に関しての言葉は、すぐ言います。でも「嫌い」な感情は言わないし、絶対に表に出さないです。僕、どんな感情も顔に出さないでいられるんですよ(笑)。いつまでもニコニコしていられます。

――ただ、好きという感情があっても、身近な人であればあるほど、面と向かって言うのはハードルが高い気がするのですが……。

棚橋:みなまで言わなくても伝わっているだろう、ということですよね。それは日本人の文化なのかもしれません。奥ゆかしいというか。思っているだけで伝わったら嬉しいですけど、言葉に出さないと伝わらない場合が多いと、僕はわかっている。プロレスを広めようとする中で、情報の伝わりにくさを痛感しているので。言葉にしてしっかり伝えることが必要なんですよ。

――確かにそうですね……。もう1つ、棚橋選手にうかがってみたい愛に関するセリフがあります。こちらはユウの言葉なんですが「理解できなくても、愛し合うことは出来ると、僕は思う」。これに関してはどう思われますか。

棚橋:この言葉は、結婚してみたらわかると思いますよ(笑)。僕は毎日、家でプロテインを飲むんですけど、プロテインって、飲むための容器に入れる時に、必ず少しこぼれるんですよ。でもその「こぼれてるレベル」が、僕と嫁さんとの間に差があって。僕からしたら、こぼれてるレベルにはならないんですよ。料理をしたら油ははねるし、プロテインを移したらこぼれる。当たり前のことです。こぼれてるとも言えないレベルというか、わざわざ拭くべきレベルではない。でも嫁さんにしてみたら、こぼれているし、「拭くべきレベル」なんですよ。

――なるほど、そこは理解し合えない部分であると。

棚橋:理解し合えません(笑)。でもそこを突き詰めてもしかたがない。「こぼれてる!」「こぼれてない!」と言い合っても、時間の無駄なのでね。

――理解し合えないけれど、互いに「愛している」という気持ちを持っていればいいわけですよね。

棚橋:はい。僕も成長しているので、最近は台拭きでサッと拭くようになりましたよ! それなのに、「まだこぼれてるよ。拭き切れてない」と言われるんですよ……。もうね、僕は悪くない! そこは絶対譲りません。僕は「拭いた」っていう行為を認めてほしいんですよ。一度はやったでしょう、だから許して? っていうね(笑)。

――拭いたことに関しては、奥さまも認めてはくださるんですか?

棚橋:いや、認めてはくれないです……すみません、プロテインの話になってしまいました(笑)。

 

■西加奈子さんの会見を見て「何だこの人は? 神か?」と思った


――西加奈子さんとは親交があるそうですね。

棚橋:はい。最初は、京都のホテルにいた時に、西加奈子さんの直木賞受賞会見の様子をたまたまワイドショーで見たんですよ。そうしたらプロレスに対していろいろ言ってくださって。

――「プロレスからむちゃくちゃ勇気をいただいてます」とおっしゃった時ですね。

棚橋:「救世主が現れた!」と思いましたね。「何だこの人は? 神か?」と(笑)。プロレスが盛り上がらず苦しい時にプロモーションをしながら、「社会的に影響力のある人が、『今、プロレスが面白いぞ!』とひとこと言ってくれたら、どれだけ助かるだろう……」といつも思っていたんですよ。それをこの日、実現してくれたのが西さんでした。

 そういえばこの前、クイズ番組の大事な場面で、『サラバ』を書いた直木賞受賞作家は誰か、という問題が出まして。「西加奈子ぉぉぉー!!」と叫びました(笑)。ご縁を感じましたね。まあでも、西さんは最初は僕のことを「何だこのチャラい人」と思って嫌いだったそうですが(笑)。

――小説家としての西さんをどんなふうに見ていますか?

棚橋: 僕は、「丁寧」という言葉が好きなんですけど、西さんがこうおっしゃっていて。小説を書いていて、こうなって、こうなる……という過程を、手を抜かずに丁寧に書く、と。「手を抜くと、恥ずかしくてプロレスを観られない」ともおっしゃっていますけど(笑)、そういう姿勢を、僕も学ばないといけないなといつも思っています。


棚橋 弘至(たなはし・ひろし)
●1976年岐阜県生まれ。1999年新日本プロレス入門、同年デビュー。IWGPヘビー級をはじめ、IWGPインターコンチネンタルなど多くのベルトを巻く。得意技はハイフライフロー、テキサスクローバーホールド、スリング・ブレイドなど。家庭的なことでも知られ、16年には「ベスト・ファーザー賞」スポーツ部門に選出。著書に『棚橋弘至はなぜ新日本プロレスを変えることができたのか』『疲れない男・棚橋弘至が教える! 史上最強のメンタル・タフネス どんなことにもびくともしない「心」が手に入る』などがある。

取材・文=門倉紫麻 写真=内海裕之

7月6日発売の『ダ・ヴィンチ』8月号は、30ページにわたる「ありがとう、プロレス」特集を収録! 詳しくは こちら

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