桐野夏生が挑む、文豪と女たちの「デンジャラス」な四角関係 

文芸・カルチャー

2017/7/28

『デンジャラス』(中央公論新社)

『痴人の愛』『春琴抄』『細雪』…。名作を次々と生み出した文豪 谷崎潤一郎の原動力はどこにあったのか。桐野夏生さんによる最新刊『デンジャラス』(中央公論新社)は、谷崎潤一郎の晩年にスポットライトを当てた作品。その刊行を記念して6月28日(水)、桐野夏生さんのトークイベントが三省堂池袋本店で行われた。


――今回の最新刊『デンジャラス』は晩年の谷崎潤一郎と彼を巡る女たちを題材としていますが、桐野先生が谷崎の晩年に注目されたのは、どういう理由があったのでしょうか。

 谷崎の晩年は作家としても充実していますが、特に私生活が面白い時期です。谷崎は、松子さんと3度目の結婚をしました。松子さんには、清治さん、恵美子さんという2人の連れ子がいました。谷崎は惠美子さんを養女にします。そして、松子さんの妹で寡婦の重子さん、清治さんの妻・千萬子さんとも同じ屋敷で暮らすことになります。そして、常時6~7人はいる女中さんたち。『デンジャラス』では、この谷崎潤一郎の「家族帝国」について書いています。注目すべきは、この「家族帝国」のなかには、谷崎の血縁者は一人もいないということです。谷崎はこの10人あまりの家族を養う経済的な支柱となって、「王国」を支配していました。

――『デンジャラス』では、谷崎を中心として、3人の女性、松子・重子・千萬子がいわば恋愛サバイバルのような状況に置かれたとも読めると思いますが、主人公として重子さんを選んだのはなぜでしょう。

 谷崎松子さんは、ご自身で『倚松庵の夢』というエッセイを書いているし、谷崎潤一郎のミューズとも言われていますので、その人物像は何となくわかります。当時まだ20代だった千萬子さんも後に『落花流水』という手記を残していますし、谷崎との何百通もの書簡のやりとりをしています。千萬子さんと谷崎との間に恋愛感情がなかったとはいえないでしょう。だけれども、重子さんは谷崎の妻でも恋人でもないし、何も声が残っていない。地味な存在だけど、『細雪』の主人公・雪子のモデルになることで、小説のなかに現れてきた自分をよすがにしていたこともあると思います。こういう心の揺らぎを抱えた複雑な存在である重子さんを描きたいと思い、『デンジャラス』の主人公にしました。

――3人の女から愛されていた谷崎はそれだけの魅力があったのではないかと思うのですが、桐野先生は、谷崎をどういう人物として捉えていますか。

 「小説の鬼」といいますか、「小説に囚われた作家」だと思っています。晩年の谷崎はどうやったら面白い小説が書けるかということに対して、貪欲でしたし、世間受けも考えていたと思います。だから、女3人の確執も何もかも、全部利用してしまう。小説を書くための「家族帝国」。その「家族帝国」を強固にするために自分の権力をふるったのが、谷崎の晩年だったのではないかなというのが私の考えです。


――谷崎自身もそのパワーに振り回されているように感じました。

 そうですね。本当に小説というのは、別の世界を書くことなので、自分自身が埋没していくと非常にハイになる時があります。これは、私も何度か経験していることですけれども、現実の方が虚ろになって吸い込まれ、小説世界のことしか考えられなくなることがあるんです。谷崎の場合はそれだけでなく、たくさんの家族を養っていますので、売れなければならないというプレッシャーもあったでしょう。

――そういう作家は小説の題材としても面白い…?

 私は小説を書くことによって、小説家の周りの人間関係が小説というものにどう侵食されていくのか、ということに興味があります。その意味では、書いていて面白かったです。ただ、谷崎家の状況はよく知られた話ですし、資料もたくさんありますので、想像の余地が少ない。特に、谷崎は膨大な日記を残しています。彼は自分の生涯が文学史に残るということを自覚していたはずですので、勝手なことを書かれないようにわざと残したんじゃないかと思うほどです。谷崎自身が自分で自分の日々を演出しているところもあると感じました。想像の余地がないという意味では、難しかったけれど、取り組みがいがありました。

 晩年も自身の人生を演出し続けた谷崎。彼は、吸血鬼のように、周りの人たちから力を吸って優れた小説を生み出していった。その舞台裏を垣間見ることができる小説『デンジャラス』。この作品は、ぜひとも、谷崎のファンだけでなく、彼の名を知るすべての人に手にとってほしい。

文=アサトーミナミ