「こんなにざわざわする小説は久しぶり」湾岸のマンションに住む4人の人々の、脆さと弱さを描き出す群像劇

文芸・カルチャー

公開日:2022/8/31

レジデンス
レジデンス』(小野寺史宜/KADOKAWA)

 こんなにも、心がざわざわさせられる小説を、久しぶりに読んだ。本屋大賞2位に選ばれた『ひと』をはじめ、これまで「泣ける」「心あたたまる」などの感想を寄せられることが多かった、作家・小野寺史宜さん。最新作『レジデンス』(KADOKAWA)の読み心地は、真逆だ。けれどまったく小野寺さんらしくないかといえば、むしろ、とことん“らしさ”に満ちている。そのことにより、ざわざわさせられてしまう。

 エレベーターに乗り込み“誰か”を逮捕しに向かう刑事たちの姿から始まる本作。登場するのはみな、湊レジデンスというマンションのA棟に暮らす人々だ。地元の公立中学で学年1位の成績を誇る中学3年生の会田望は、夜な夜な、若い女性を狙ってひったくりを繰り返している。24歳の根岸英仁は、事故で両足を骨折したせいで就活に失敗したフリーター。事故の原因でもある、女性をつけ狙ったという不名誉な誤解を背負ったまま、狭い町で息苦しさを感じている。望のかつての友人・弓矢は、成績優秀だった小学生時代と違い、底辺をうろついている私立中学での鬱憤を、自転車泥棒を捕まえることで晴らそうとしていた。弓矢の異母兄で大学生の充也も、ぱっとしない生活の憂さを、同じレジデンスに住む年上の女性と関係をもつことで晴らしている。

 みな、鬱屈した感情を、暴力や性衝動といった歪んだ形で他者にぶつけることで、どうにかこうにか、毎日をやり過ごしている。彼らの語りには終始、不健全で退廃した空気が漂っているのだが、小野寺さんのことだからきっと、何か奇跡のような出会いの連鎖が起きて、状況が改善されていくんじゃないかと、つい期待を抱いてしまう。だが読み進めるうち、どうも様子が違うということに気づく。彼らにはそれぞれ、同情すべき背景がある。ままならない現実に対する苛立ちには、共感もする。けれど、やっていることはどうにも褒められたものではなく、とくに望の身勝手さには、嫌悪も湧く。安直な救いで落着するはずのない悪意が、本作には満ちているのである。

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 確かにこれまで小野寺さんが書いてきた登場人物たちは、何かしらの屈託を抱えていることが多く、ポジティブな善人ばかりではなかったけれど、でも、だからこそ、ほんの一瞬すれ違っただけの他人とだって手をとりあうことはできるのだということ、その一瞬の出会いによって、人は一歩を踏み外さずにいられるのだという希望が、読む人の心を明るく灯した。でも『レジデンス』を読んで、改めて思い知らされる。人は、そう簡単に手をとりあうことなんて、できない。誰かの心に降り積もった怒りや傷つきを、他人がどうこうすることもできない。余裕のない者同士がすれ違えば、救いよりも悲劇の起きる確率のほうが高くなるのだということを。

 彼らは、決して特別な人間なんかじゃない。運がよければ善人になることもできた、ごくごく普通の人々だ。たやすく悪に転んでしまう彼らの脆さと弱さは、読んでいる私たちのなかにもある。小野寺さんがこれまで小説で描いてきた希望に、救われてきた人たちほど、きっと彼らと同じ側に立つ素質がある。そのことにぞっとしながらも、小野寺さんのこういう小説をもっと読んでみたいと思ってしまう自分もいる。

文=立花もも

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