アイドルとファンを超えた関係の先にあるものは――現役アイドルが初小説で描き出す、岐路に立つ若者たちの焦燥と希望

文芸・カルチャー

更新日:2022/11/24

アイドル失格
アイドル失格』(安部若菜/KADOKAWA)

 アイドルグループ・NMB48の安部若菜氏が上梓した『アイドル失格』(KADOKAWA)。現役アイドル自身の手で、アイドルとファンの恋愛を描いた作品として注目を集めている。著者の安部氏はかねてより学ぶ投資の知見や趣味の落語に関する発信をメディアで続けるなど、多岐にわたり活動中。そんな安部氏の初小説は、アイドルが置かれている環境を多分に盛り込みながら、ひとときの希望と将来への不安が交錯する若者たちの姿を描き出している。

 高校3年生の実々花がセンターを務めるアイドルグループ「テトラ」は人気も徐々に高まり、メディア露出も増えつつあった。大学生のケイタはテトラの曲に興味を持つうちにミニライブに初めて参加、ライブ後の対面イベントをきっかけに実々花に心を奪われていく。実々花を知り、初めてアイドルを「推す」経験をするケイタと、いつしかケイタのSNS投稿に救いを求め、彼に惹かれていく実々花。己の現状や将来への不安を抱えながら生きるふたりはやがて、アイドルとファンという関係を超えた交流へと踏み出していく――。

 演者とファンが深い関わりを持つというモチーフを現役の人気アイドルが執筆するという周辺情報は間違いなくキャッチーで、耳目を集めやすい。しかしこの小説の根底にあるのは、先の見えない将来に焦りを覚える若者たちが出会い、共鳴し合うさまである。

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 一見違う立場を生きる両者だが、それぞれにぼんやりとタイムリミットを感じながら、己の将来にとって確かなものを見つけられずにいる。そんな若者の思索が、実々花とケイタがチャプターごとに交互に語り手となり、ふたりの視点で進行する手法によって、より引き立つ。

 ステージ上で輝き、グループも上り調子の実々花だが、アイドルが好きだったからこそアイドルであり続けることにつらさを覚え、どこか純粋に夢を描けずにいる。そんな娘の将来を案じて進学を勧めつつも陰から見守るシングルマザーの母の存在によって、焦燥に駆られる若者としての実々花の姿はさらに立体的になる。かたやケイタも夢や目標もなく大学生活の後半を迎え進路選択を迫られる。そんな中、ケイタのアルバイト先に実々花が訪れたことからストーリーは大きく動き出す。

 一方で、「テトラ」にまつわる描写からは、モデルや演技など広い可能性に開かれているアイドルの姿も描かれる。しかし同時に、なぜ歌って踊るだけではいけないのかという悩みも吐露され、アイドルが決して可能性に満ちただけの立場ではないことが示される。著者の所属するグループとは規模感や立ち位置も異なるが、何気なく描かれるディテールはアイドルの今日的なリアリティを映している。

 ふたりにとっての特別な面会の日。本当ならばこの上なく幸せな瞬間であるはずだが、この日を境にふたりの気持ちのベクトルは違う方向へと向かっていく。やがてふたりにはある喪失が訪れるが、それはまた双方にとって前を向く契機でもある。不安や焦燥を経て人生の岐路を迎えるこうした若者の姿の描写こそ、この作品の肝であり、普遍的に人々へと届くテーマであろう。

文=嵯峨景子

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