祝・20巻!よしながふみの『きのう何食べた?』が教えてくれる人生の美味しさ

マンガ

公開日:2022/12/13

きのう何食べた?
きのう何食べた?』(よしながふみ/講談社)

きのう何食べた?』(よしながふみ/講談社)の連載が始まったときの、表紙を見た衝撃を今でも覚えている。よしながふみ作品で、男2人。もしかして、と読むと、男性カップルがご飯を食べていた。元々作品を読んでいる身からすれば確かに「よしながふみ全部のせ」だけれども、島耕作と同じモーニングに載るマンガなのか……。そう思ってから16年。2022年、令和の世の中では、「きの食べ」ファンがそこら中にいる。

 なぜ私たちは、中年男性のごはん生活にこんなにも夢中なのか。10/21に発売された待望の20巻から振り返りたい。

変化していく世の中と連動する作品

「きのう何食べた?」は、好き嫌いなく食べる美容師・ケンジと料理好きの弁護士・シロさんカップルの日々の食事(主に晩御飯)を描いた作品。安売りにときめいたり、不摂生したり、食事は日々の生活に欠かせない。

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 作品を貫く2つの大きな軸は「日常」と「人生」。ケンジとシロさんの日々の食事と、些細な出来事を通じて、彼らと彼らの周りの人々の人生が少しずつ動いていく。

 20巻は年の差カップル・小日向さんとジルベールことワタルの結婚式話から始まる。実は、すでにその話を聞いていたシロさん。結婚式をやるという電話をもらって喜ぶケンジに「礼服の新調は構わないが、ケンジは結婚式をしたくないのか」と小日向さんは尋ねる。

 1巻のシロさんはゲイバレをひたすらに恐れ、とにかく外でケンジとカップルだと思われることに怯えていた。二人で結婚式に出席すること自体には抵抗がなくなっているようで、重ねた月日の変化が感じ取れる。

 そして、「男性同士の結婚式」に関して割合サラリと書かれているが、連載開始当初だともう少しひと悶着の側面が強く描かれたのでは、と思う。

 作中で時間が経過したことでキャラクターが変化し、一方、世の中も(まだ理想には遠くても)、少しずつ変化しているのだ。3巻に登場する「高くなったバターの値段」は今ではもはや安い部類という、作品が長く続いていることを感じさせるシーンもある。

技術書のような特装版特記念小冊子「逆引きBOOK」

 20巻を記念した特装版には「食材別 登場メニュー逆引きBOOK」が付属。2人の重ねた歳月のカラーイラスト集、よしながふみ特選、思い出深いレシピが撮り下ろしで3品ピックアップされている。読むのを楽しみにしていた逆引きは思った以上の情報量で、学術書のような風体で驚いたが、丁寧でわかりやすい索引が、とにかく便利でありがたい。作成する労力は想像に難くない……。

どんな時代でも、人との関係は避けられない

 シロさんの両親は7巻でケンジと面会するが、その後母親はショックを受けて寝込んでしまう。そのため、両親はケンジと会う機会をもう持ちたくないとシロさんに話していたのだが、そのことに対し両親が抱えていた悔恨が、20巻で改めて描かれる。

自分たちが楽になるために相手を呼び出して許しを乞うなんて身勝手なことはするもんじゃない

 父親の一言は、とても重く、それぞれを思いやっているからこそ出た厳しい言葉。シロさんも「正解はない」と考えながら帰っていた。この話のラストがとても温かいので、ぜひ読んでみてほしい。

 人生は人と生きるとも書く。きっとこういうことの繰り返しなのだ、としみじみ思った。連載と年を重ねるなかで、今までは「ふーん」としか思わなかったエピソードに突如身をつまされる読者は、きっとたくさんいるだろう。

日常の積み重ねの先に人生がある

 主軸はゲイカップルの2人だが、作品には様々な人たちが登場する。不妊治療のすえ子を授かっていた熟年夫婦、不意に妊娠したことで結婚に踏み切る女性、弁護士親子、跡取り娘と10歳上のシェフ。ときめいて、怒って、困って、苦しんで。誰しも日々、何かが起きている。

 それでも食べて寝て、仕事をして。そして愛する人を気遣って、生きた毎日が人生となる。誰かを思う優しさと暖かさ、面倒くささが、この作品には満ちている。まるで、ちょっと手のかかるできたての料理のようだ。

なにかあっても、ご飯を食べようと思わせる作品

「きのう何食べた?」とは、誰かがいて初めて成り立つ、問いかけの言葉。うっとおしいことも、悲しいことも、やりきれないこともあるけれども、ケンジとシロさんのように、今日もご飯を食べよう。そして、友達に、同僚に何食べたか聞こう。

 そんな風に思う読者は、私一人だけではないはずだ。ところで、あなたは、きのう何食べた?

文=宇野なおみ

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