よしもとばななが綴る、我が子との蜜月。温もりある筆致の絵本風育児エッセイ『すぐそこのたからもの』

文芸・カルチャー

公開日:2023/3/4

すぐそこのたからもの
すぐそこのたからもの』(よしもとばなな/文化出版局)

 子どもの言葉には、不思議な力がある。幼子特有の微笑ましい言い間違いは心を和ませてくれるし、やけに大人びた言い回しにハッとさせられたりもする。アンバランスだからこそ、妙な説得力を持つ幼少期の子どもの言葉。その魅力がぎゅっと詰まったエッセイ集を、育児の壁にぶつかるたび、お守りのように読んでいた。

 よしもとばなな氏による著書『すぐそこのたからもの』(文化出版局)は、雑誌『ミセス』で連載されたエッセイが基になっている。子育てエッセイを中心に、日常のささやかな幸福が、著者特有のやわらかな筆致で綴られている。鉛筆画を専門とするイラストレーター華鼓氏の味わい深いイラストも相まって、本書はまるで、絵本のような仕上がりだ。1話の文量が短く、通常の書籍より字が大きいため、読書に馴染みのない人や、忙しくてまとまった時間が取れない人も、抵抗なくすんなりと読み進められるだろう。

 個人的には、序盤に登場する「チビちゃんのホテル」というエピソードが好きだ。なかなかに本格的なチビちゃんの「ごっこ遊び」は、読み手を破顔させること間違いなしである。

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「ええと、いっしょにねるひともえらべます。たはたねこよしさん(夫のことだ)か、チビちゃんかどっちかです」

「チビちゃんのホテル」は、一緒に寝る人が選べる。その後の著者とチビちゃんとのやり取りが、何とも愛らしい。「どちらがいいですか」と聞いておきながら、チビちゃんのなかではすでに「答えが決まっている」。これはきっと、“子どもあるある“だろう。私にも二人の息子がいるが、彼らが幼い頃、よくこういうやり取りをしたものだ。こちらのエピソードに限らず、何度読んでも、思わず「ふふっ」と笑ってしまう日常のワンシーンが、本書の至るところに散りばめられている。

 およそ7年前、私はやんちゃ盛りの息子の育児に疲れ果てていた。そんな時に本書に出会い、泣き笑いしながら読んだことを今でもよく覚えている。育児は楽しいことばかりじゃない。大変なこと、苦しいこと、悩ましいこともたくさんある。でも、我が子の成長を見守る日々は、こんなにも彩り豊かで、かけがえのない幸せに満ちあふれていたのだと、本書が思い出させてくれた。

 著者が綴るチビちゃんの言葉は、どことなく詩的で切ない。きっと、豊かな感受性を持って生まれてきたのだろう。そして、著者はその感性を潰すことなく、大切に愛しんで育ててきたのだろう。チビちゃんのこの言葉が、それを証明している。

「ママを触っていると、なんとなく、平和っていう感じがする」

 ママを触ると“平和“を感じる。それは、なんて素晴らしいことなんだろう。世の中の子どもたちが、みんなそういう環境で育まれていてほしいと願う。もしも育児に悩んだら、まずは「すぐそこのたからもの」を抱きしめる。そこからはじめればいいのだと、本書は静かに語りかけてくれているような気がする。

(文=碧月はる)

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