人が塩と化す世界で少女と青年は生き抜き、愛を育む――有川ひろデビュー作のコミカライズ。正常ではない世界で恋をするせつなさも佳境に

マンガ

更新日:2023/4/7

塩の街
塩の街 ~自衛隊三部作シリーズ~』3巻(弓きいろ:漫画、有川ひろ:原作/白泉社)

 世界が塩で埋め尽くされた「塩害」の時代。

 崩壊寸前の東京で暮らす少女・真奈と、謎めいた男・秋庭は、明日をも知れぬ日々のなか肩を寄せあって生きている。なぜ世界は変わってしまったのか。人類はこのまま滅亡へ向かうのか――。

「図書館戦争」シリーズをはじめ、幅広く活躍する有川ひろ氏。そのデビュー作である、有川小説の原点ともいえる『塩の街(角川文庫)』(KADOKAWA)のコミック版第3巻が発売された。コミカライズを手がけるのは「図書館戦争 LOVE&WAR(花とゆめコミックス)」シリーズ(白泉社)で、13年間にも亘りタッグを組んできた弓きいろ氏だ。

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塩の街 ~自衛隊三部作シリーズ~ 1巻p.7

塩の街 ~自衛隊三部作シリーズ~ 1巻p.8

塩の街 ~自衛隊三部作シリーズ~ 1巻p.9

 空から塩の結晶が降ってきた直後、世界中で人びとが塩の柱と化す怪現象が発生。日本も例外ではなく、関東圏の人口は三分の一となり、主人公・真奈も家族を失い一人ぼっちになってしまう。真奈の窮地を救ったことから、保護者的存在となる秋庭。さまざまな事件や出来事を経て、少しずつお互いに意識しはじめてきたところで、最新巻では急展開を迎える。

 秋庭の旧友にして、自称“天才”科学者・入江が登場したことから、塩の結晶の正体と秋庭の過去が明かされる。

塩の街 ~自衛隊三部作シリーズ~ 3巻p.11

塩の街 ~自衛隊三部作シリーズ~ 3巻p.12

 かつて自衛隊の優秀なパイロットであった秋庭。対塩害作戦を進行中の入江は、「世界とか、救ってみたくない?」と秋庭に協力を要請する。国の塩害対策が後手後手にまわる中、対塩害対策を具申するも却下され、大暴れして自衛隊を去った過去を持つ秋庭は、ためらいながらもその作戦に参加する。一方、真奈は彼と自分の立場のちがいを思い知らされる。

「世界を救う」役目を引き受けた秋庭と、ただの女子高生の自分。共に暮らしていたときは彼のことを何も知らなかったけど、ある種のつながりがあるように感じられていた。しかし秋庭について知れば知るほど、彼が遠くなっていく。

 男性ばかりの自衛隊駐屯地内で、真奈には好奇の視線も注がれる。「かわいい女の子」として見られることに、情けないような悔しいような気持ちになってしまう。自分は秋庭にとってお荷物だ。彼には釣りあわないし、ふさわしくない――と思い込む真奈に、女性隊員・野坂は言う。

「あなた、まっすぐ秋庭二尉なのね」

塩の街 ~自衛隊三部作シリーズ~ 3巻p.58

塩の街 ~自衛隊三部作シリーズ~ 3巻p.59

塩の街 ~自衛隊三部作シリーズ~ 3巻p.60

塩の街 ~自衛隊三部作シリーズ~ 3巻p.61

 ここの場面の他にも、原作小説の中で肝となる台詞や地の文が、ここぞというところで用いられている。ある場面では台詞をそのまま、ある場面ではモノローグに活かして、という具合に。小説家の世界を熟知したマンガ家ならではの、みごとな化学反応が生まれていると改めて感じる。

 恋心をはっきりと自覚した真奈は、作戦の実行前夜、彼に想いを伝える。秋庭の命を案じる真奈と、真奈がいつか塩になるかもしれないこの世界を変えようとする秋庭。相手を想いあうからこそ、ふたりの気持ちが激突する瞬間がこの巻の最高潮だ。

 大いなる厄災によって世界が一変するという舞台背景は、原作小説の発表当時の2004年よりむしろ東日本大震災、新型コロナウイルス、そしてロシアのウクライナ侵攻が起きた今日(こんにち)の方が、より切実感をもって伝わってくるのではないだろうか。

 正常ではなくなってしまった世界でも、人は恋をする。愛しあう。恋愛のせつなさも世界が終わるあやうさも、最終巻に向かって、いよいよもって迫ってくる。

文=皆川ちか

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