怪異あり、ヒト怖あり、どんでん返しあり…1冊で3度、異なる恐怖が襲ってくる「いわくつきの家」ホラーミステリー

文芸・カルチャー

公開日:2023/6/30

彼女はそこにいる
彼女はそこにいる』(織守きょうや/KADOKAWA)

 世の中には、「人が居つかない家」というものが存在する。日当たりが悪くてカビが生えやすいとか、騒音を出す迷惑なご近所さんがいるとか、納得できる理由がある場合がほとんどだが、中には、はたからすると、どういう理由か判然としないことも少なくはない。「誰かの気配を感じる」「なんとなく居心地が悪い」——他人には説明しがたい怪奇現象に悩まされ、転居を決意したという人もいるのかもしれない。

 そんな「いわくつきの家」を舞台にした物語が、『彼女はそこにいる』(織守きょうや/KADOKAWA)だ。著者の織守きょうや氏といえば、切ない青春ホラー「記憶屋」シリーズのほか、第5回未来屋小説大賞を受賞した『花束は毒』などのミステリーでも知られる。本作は、そんな織守氏がはじめて挑戦する、ホラーミステリー。怪現象が相次ぐ一軒家の謎が、3人の関係者の視点によって炙り出されていく。

 たとえば、第1話の主人公は中学生の茜里。シングルマザーの母親とともに築40年の庭付きの一軒家へ引っ越してきた彼女は、しっかり者の姉として妹・春歌の面倒を見ながら、新しい学校にも慣れ始めていた。だが、家では不可解な出来事が頻発する。バスタブに落ちている、見知らぬ茶色い髪の毛。勝手についたり消えたりするテレビやエアコン。家の中で感じる、何者かの気配。花壇にできた顔の形の染み。そして、ある夜、カーテンを開けると、庭に見知らぬ男が立っていて……。

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 第1話を読んだだけでも、何度ゾッとさせられたことだろう。新生活をスタートさせた中学生の日常が淡々と描かれているからこそ、ますます恐ろしさが際立つ。「気のせいかな」と目を逸らそうとしていたものが、次々と目の前に迫ってきて、やり過ごせなくなる感覚。不可解な現象が日常をどんどん侵食していくような描写に寒気が止まらない。賃貸の場合、私たちは、自分の住む家で、昔、何があったのかほとんど知らないことが多い。もし、何も知らずに「いわくつきの家」を引き当ててしまったとしたら……。「もし、自分が茜里の立場だったら」と思うと、その恐怖に耐えられそうにない。そう思いながら読み進めていくと、物語は思わぬ展開を迎える。

 さらに、この作品は、それだけでは終わらないのだ。続く第2話では、不動産仲介会社に勤めるOLとフリーライターが、第1話に登場したこの一軒家の調査に乗り出し、続く第3話では、この家への新たな住人をきっかけに、過去に起きた「ある事件」が浮かび上がってくる。3話とも、同じ一軒家を舞台としているのに、感じる恐怖は多彩。この世のものではないものに対峙する恐怖を感じさせられたかと思えば、人間の内に秘められた狂気に背筋が凍ることもある。1冊で3度、まったく異なる恐怖に襲われ、読み終えた時には、呆然。ゾクゾクさせられると同時に、思いがけないことに、胸を締め付けられるような切なさも感じた。この喪失感は何だろう。まさかこんな気持ちにさせられるとは思わなかった。そんな読後感は、切ない青春ホラー「記憶屋」シリーズで知られる織守氏ならではのものだろう。

 ホラー好き&ミステリー好き必読。怪異あり、ヒト怖あり、どんでん返しあり。1冊で3度、異なる角度からの恐怖を味わえるなんて、なんて贅沢な1冊なのだろうか。一軒家で続く怪現象。関係者による3つの物語から浮かび上がる存在を、この切なさを、是非ともあなたも体感してみてほしい。

文=アサトーミナミ

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