『嫌われる勇気』の著者・古賀史健が初めて中学生へ著した本。「日記を書くこと」で「自分を肯定」することを伝える『さみしい夜にはペンを持て』

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公開日:2023/8/5

さみしい夜にはペンを持て
さみしい夜にはペンを持て』(古賀史健/ポプラ社)

 世界中で大ヒットしたビジネス書『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)の著者である古賀史健さんが、初めて中学生に向けて著した本。その触れ込みだけで、一体どんな本なのだろうと興味をそそられる。

さみしい夜にはペンを持て』(ポプラ社)は、海の中を舞台とした物語であり、文章読本だ。『20歳の自分に受けさせたい文章講義』では“話せるのに書けない人”に向けて、『取材・執筆・推敲 書く人の教科書』ではプロのライターに向けて文章の書き方を届けてきた古賀さんが挑む新境地である。

 物語の主役は、タコのタコジロー。自分のことが嫌いでクラスにもうまく馴染めない彼は、ある日衝動的に学校をサボって訪れた公園で、不思議なヤドカリのおじさんに出会う。

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 初対面のおじさんに悩みや葛藤を打ち明け、「自分の気持ちをことばにすること」の力を知ったタコジロー。そんな彼に、おじさんは「書くことは自分と対話すること」であると説き、自分の気持ちを日記に記すことを勧める。

 そしてタコジローは、ヤドカリのおじさんとひとつの約束を結ぶ。
 それは、10日間毎日日記を書き続けること。
 約束の10日間が過ぎたとき、タコジローの身に起きたこととは……。

 これが『さみしい夜にはペンを持て』の大まかなあらすじである。

 かわいらしいキャラクターの印象から「ゆるい」雰囲気の内容を想像する人もいるかもしれないが、日記を書くことを通じて「私たちはなぜ書くのか」「『わかりたい』『わかってほしい』とは何か」という哲学的なテーマにまで迫る、実践的で骨太な内容だ。

 物語は、①ヤドカリのおじさん、タコジロー、彼をとりまく友人たちのストーリー、②タコジローの日記、を交互に読ませる形で展開していく。それを追うことで、タコジローが経験したことや感じたことをより精密に言語化できるようになる過程を追体験できるのが、この本のおもしろさのひとつだ。

「思う」と「考える」はどう違うのか。なぜ「話す」ではなく「書く」でなければいけないのか。「書き続ける」ことに何の意味があるのか。どうすれば日記から悪口や愚痴が消えるのか——。

 作文も読書感想文も苦手で、夏休みの日記の宿題にも四苦八苦。そんなタコジローが抱く「なぜ書かなければいけないのか」という問いに、ヤドカリのおじさんは丁寧に、それはもう丁寧に対話を重ねて答えていく。そしてその答えは、ものすごく難しいテクニックでも、生まれつきの才能に左右されるものでもない。詳細はぜひ本の中身を見てほしいが、読んだらきっと「自分にも書けそう」「日記を書いてみようかな」と思えるはずだ。

「書くのは楽しい」とは言えないが、「書くのはおもしろい」とは言える。「書き続けるのはおもしろい」は断言できる。古賀さんは、自身のnoteでそんなふうに語っている。

 この本は、文章の書き方を指南するだけの本ではない。日記を書き続けることを通じ、この世にたった一人しかいない「自分」という存在を肯定するための本だ。SNSを開けば情報が溢れ、いやでも比較対象が目に入ってしまう時代。自分の物の見方や日々のささいな経験には価値がないように感じてしまうかもしれないけれど、その積み重ねには唯一無二の価値があることに気づいてほしい。

 そんな著者の願いが、始めから終わりまで、ことばの隅々や語尾にまで込められている。

文=鼈宮谷千尋

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