知らなければよかった真実に絶望する。貴志祐介が贈る、珠玉のホラーミステリ『梅雨物語』

文芸・カルチャー

公開日:2023/8/9

梅雨物語
梅雨物語』(貴志祐介/KADOKAWA)

 じっとりとした恐怖が、全身にまとわりついている。降り止まない長雨の中に閉じ込められたような、絶望感。ジメジメと蒸し暑いはずなのに、ゾクゾクと寒気すら感じる。この本を読み終えてからしばらく経った今も、そんな陰鬱を引きずっている。おそらくそれはどうやっても拭い去ることはできないだろう。

 そう感じさせられた本とは、『梅雨物語』(貴志祐介/KADOKAWA)。『悪の教典』(文藝春秋)や『新世界より』(講談社)、『天使の囀り』(KADOKAWA)などの作品で知られる、貴志祐介氏が描くオムニバスホラーだ。一度読み始めれば、すぐにこの本の虜になってしまう。一体何度この本は私たちを震え上がらせてくるのだろう。ホラーとミステリの両ジャンルでベストセラー作品を手掛けてきた貴志氏だからこそ描ける世界に、きっと誰もが圧倒させられてしまうだろう。

 この本には、3つの中編が収められているが、特に最初に収められた「皐月闇」は読む者に強い衝撃を与えるに違いない。命を絶った青年が残したという一冊の句集「皐月闇」。元教師の俳人・作田は、元教え子・菜央の依頼で、その句集に掲載されている13の句の解釈を試みるのだ。物語の最初を読んでいた時には、恩師と元教え子の久々の再会、温かな交流に、微笑ましささえ感じるはずだ。だが、俳句に秘められたメッセージを解き明かせば解き明かすほど、物語には不穏な空気がたちこめていく。書斎という密室でふたり、怪しげな句集に込められた謎を解いていく、その緊張感に飲み込まれそうになる。

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スコールに 白きこぶしは 濡れそぼつ

 日本語とは、なんて奥深いものなのだろう。風景を読んだ、ごく普通の俳句に思えても、そこからは、あらゆることが読み取れるから不思議だ。作田はそれをスラスラと解き明かしていく。だが、その解釈にはどこか違和感が。それが何であるか掴めそうで掴めない。モヤモヤした気持ちを抱えたまま読み進めていけば、物語世界は突然反転する。「そうか、そういうことだったのか」。真実を知ったと同時に、あまりのことに背筋が凍った。そして、恐ろしさがジトジトと全身を侵食し尽くしてしまった。

 怪しげな句をめぐるホラーミステリの後に続くのは、妖しい蝶の夢をめぐる物語と、広い庭を埋め尽くす奇妙な茸の物語。3つの物語は、どれも不気味。私たちの想像力を掻き立て、これでもかというほど恐怖を煽ってくる。そして、読み進めるごとに、一体、誰を信じ、誰を疑えばいいのか、分からなくなってしまう。

 全てを読み終えた時、思わず、「ああ」とため息が出た。世の中には、解いてはいけない謎がある。だけれども、目の前に謎があったら、解き明かさずにはいられないのが、人間の性。そして、知らなければよかった真実に絶望するのだ。あなたもこの本を読んで、絶望してほしい。もしかしたら、この世の中に、真実ほど、恐ろしいものはないのかもしれない。この、病みつきのゾクゾク感を、クセになる後味の悪さを、是非ともあなたも体感してみてほしい。

文=アサトーミナミ

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