吹奏楽部の青春を描く「響け!ユーフォニアム」シリーズ最新作! 副部長の夏紀が抱えてきた葛藤を描いたスピンオフ作品

文芸・カルチャー

公開日:2023/9/9

飛び立つ君の背を見上げる(宝島社文庫)
飛び立つ君の背を見上げる(宝島社文庫)』(武田綾乃/宝島社)

 卒業間近、部活を引退した時に感じたフワフワとした落ち着かない気持ちが忘れられない。悲しいわけでも、寂しいわけでもない。ただ、あんなにも濃密な時間が終わってしまったことが虚しい。突然空いた時間に感じる解放感と喪失感の中で、つい物思いに耽る。自分はなぜあんなにも部活動に打ち込んできたのか。それにはどんな意味があったのか。一度立ち止まって考えずにはいられない。自分とは周りからどう思われ、そして、本当はどんな人間なのかということについても。

 吹奏楽部での青春を描く「響け!ユーフォニアム」シリーズは、部活動引退直後、卒業直前のほろ苦い空気感をも巧みに描き出す。最新作『飛び立つ君の背を見上げる(宝島社文庫)』(武田綾乃/宝島社)は、副部長を務めた中川夏紀の視点で書かれたスピンオフ作品。シリーズ随一の人気キャラクターである夏紀は、吹奏楽部の引退に際して何を思うのだろうか。本作では、短編集『響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部のホントの話』収録の同名小説の前日譚が紡がれている。

 吹奏楽部を引退した夏紀は、進学先も決まり、特にやることのない毎日を過ごす中で、これまでの日々を振り返っていた。元々、弱小だった北宇治高校吹奏楽部は、夏紀が2年生の時、他校からやってきた音楽教師が新しい顧問となったことでガラリと変わった。弱小校だった頃の北宇治と、強豪校になってからの北宇治。その狭間で翻弄された、辞めていった部員たち。あの時のことを思い出すと、夏紀は胸の奥がザワつくのを感じる。

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 吹奏楽部のありかたに納得できない多くの同級生たちが吹奏楽部を去っても、夏紀は部活を辞めなかった。不真面目だったはずの彼女は、どうして吹奏楽部に残ったのだろう。どうして副部長にまでなったのだろう。それを語るのに欠かせないのは、夏紀と同じ南中出身である、“南中カルテット”・希美、みぞれ、優子の存在だ。夏紀にとって、彼女たちのことが大切なのは間違いない。だが、ずっとそばにいたからこそ、どう消化していいのか分からない思いもある。夏紀には希美のような人望もなければ、みぞれのような才能もない。どこまでも凡人だが、周囲からは「いい人」と言われ、それも気に食わない。友人に対して、そして、自分自身に対して感じる複雑な思いは、きっと、誰にとっても身に覚えがあるはず。特に、シリーズを読んできたファンにとって、これほど感慨深いことはない。「そうか、夏紀はこの時、こんな思いでいたのか」。夏紀の思いを知れば知るほど、これまでの物語にさらなる立体感が生まれ、新しい輝きを放つのを感じるだろう。

 特に心に残るのは、夏紀と、部長だった優子の関係だ。部活引退後、夏紀と優子は卒業パーティーでツインギターのコンビを組むことになる。本作は、それを中心とした物語なのだが、2人の掛け合いは何とも心地よい。不器用で、素直になれない2人は、相手に対して歯に衣着せぬ物言いをし、どこまでも悪態をつく。だけれども、卒業や引退は、人を少しだけ素直にしてくれるものらしい。夏紀が心にモヤモヤを抱えている時、どうしていいのか分からないでいる時、優子が口にする言葉にどうして心動かされずにいられようか。

「いくらでも代わりがいるなかで、うちはアンタを選んでこうやって一緒にいるワケ。代わりがないからじゃなくて、代わりがいくらあってもアンタを選ぶ。一緒に音楽やるのも、こうやって過ごすのも、夏紀と一緒がいいよ。それが悪いこととはうちにはどうしても思えへん」

 彼女たちが過ごした時間は、最高にいとおしくて、最高に誇らしい。夏紀は高校卒業後、その関係がどう変わっていくのか不安に感じているようだ。だが、この物語を読むと、彼女たちの関係はこれからも続いていくに違いないと、確信させられる。たとえ、卒業しても、部活動を引退しても、仲間たちとの関係は一生もの。この物語の静かな感動、その余韻は、いつまでもあなたの心に響き続けるだろう。

文=アサトーミナミ

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