取材中にヤクザを激怒させた命がけのリサーチ。『九条の大罪』9巻で描かれる、弁護士免許はく奪や逮捕の危機に迫る

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更新日:2023/11/10

九条の大罪
九条の大罪』(真鍋昌平/小学館)

 この間、お笑いコンビのかまいたちがMCを務める「これ余談なんですけど」(朝日放送テレビ)を見ていると、ゲストにアウトロー漫画家として真鍋昌平さんが出演していた。真鍋さんは『闇金ウシジマくん』(真鍋昌平/小学館)や、「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)で連載中の『九条の大罪』(同上)を大ヒットさせている。自ら裏社会を丹念に取材したうえで漫画を描いているため、番組では、実際に取材対象のヤクザ系の人を激怒させてしまい、何度も手紙を出して漫画のネタにする許可をもらったという命がけのリサーチが多数あったと話していた。真鍋作品の大ファンである私は、配信サイトで見ながら「え、あのストーリーも実話をもとにしてるの……」と戦慄した。自分と裏社会は関係ないと思って生きていても、ひとつ道を間違えるとそこには闇が広がっているのだ。

 番組が放送された次の日(9月28日)、『九条の大罪』9巻も発売された。今までのストーリーの中でも際立って半グレとヤクザのせめぎ合いが描かれており「これも実話をもとにしているのでは」と思うと背筋が凍った。たとえばヤクザにつかまった男が拷問されるシーンは、目や耳や鼻などがもがれるグロテスクな描写がなされている。また9巻最大の見どころは、主人公で半グレやヤクザなど裏社会の人間の弁護ばかりをしている弁護士・九条に最大のピンチが訪れるところである。まずは今後の要となる主要人物を振り返りたい。

 まずは悪徳弁護士と呼ばれる主人公の九条間人(くじょう・たいざ)、主人公であるが本音の見えない男である。敏腕なのになぜか厄介な案件ばかりを引き受けており、彼についていこうとしていたイソ弁(「居候弁護士」の略。法律事務所から給料をもらって勤務しており、アソシエイト弁護士とも呼ばれる)の烏丸真司(からすま・しんじ)は危ない橋を渡り続ける九条のもとを去った。烏丸は過去に父親を殺されていて、その事件の裁判で九条の父親が検事を務めていたという因縁もある。九条の兄・鞍馬蔵人(くらま・くろうど)も父と同様に検事で、前巻で初登場をしている。また九条は、過去に妻子がいたようだ。現在は離婚して離れて暮らしているが、既刊をすべて読み返すと、自分の子どものことを大切に思っている描写がある。

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 九条と関わりの深いのが半グレの壬生憲剛(みぶ・けんご)である。九条の有能さを見抜き、後輩が事件を起こした時の弁護などの処理を九条にまかせている。しかし9巻で彼は謎めいた行動をとり九条は雑談をしているような調子で壬生に釘をさす。

壬生さん。梯子は外さないでくださいな。

 この一言からも、今後の九条の運命は壬生が握っていて、しかも彼が本当に九条の味方なのか、九条にとっても不確定要素であることがわかる。九条は裏社会に入りこみすぎて、弁護士免許はく奪や逮捕の危機も迫っているのだ。

 主要人物の説明に戻る。ヤクザで九条や壬生にもっとも深く絡むのは、現在のところ伏見組という組織の若頭である京極清志(きょうごく・きよし)である。9巻の序盤で京極が九条の法律事務所へ来るシーンの京極の迫力は、私のような一般人にとってはわかりにくい半グレとヤクザの違いを明確にしている。そう思いながら読むと、半グレの壬生とヤクザの京極の行動のみならず、半グレとヤクザの人物造形や服装の違いを作者が意識して描写していることがわかる。

 本作は推理ものではないはずなのに、明かされていない謎も多い。九条がなぜ危ない案件ばかりを引き受けているのか、どうして子どもを愛しているのに元妻と離婚して親権がないのか、兄で検事の蔵人とはどのような関係なのか、壬生は九条を裏切るのか。どれも伏線は張られているはずなのだが断定に至っていない。そんな中、絶体絶命のピンチに追い込まれた九条が9巻最後のページで見せた表情は今までにないものであり、8巻までで垣間見えた九条の人間らしさが再びわからなくなる。私が予想できるのは、9巻の中盤、九条が壬生にサインさせたある用紙が、10巻以降の九条と壬生の運命を変えるのではないかということだけだ。

『九条の大罪』は濃密な内容であるにもかかわらず、コンスタントに新刊が発売されている。作者が『闇金ウシジマくん』を描いていたころの取材内容を取り入れているのはたしかだが、新たにリサーチをして得た内容も数多くあるはずなので、次々と新刊が発売されるたびに作者の熱量が感じられる。同時に同じ日本で起きているとは思えないほど、裏社会の残酷さが身に沁みる。私はこれから『九条の大罪』を1巻から読み始める人がうらやましい。恐ろしい出来事や謎は、時に切なさや悲しみに転じる。一度読み始めたら止まらなくなる漫画である。

文=若林理央

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