57歳からの変化と成長――亡き妻との約束を果たすため料理に挑戦する男の物語『米蔵夫婦のレシピ帳』

マンガ

公開日:2023/10/19

米蔵夫婦のレシピ帳
米蔵夫婦のレシピ帳』(片山ユキヲ/小学館)

 人は、何歳まで変われるのだろうか。もちろん、年齢を重ねてくると変わるのが難しいというのも分かる。しかし、自分の“態度やふるまい”が変わらずにいることで問題が起きたらどうだろう。それらは、若いうちはまだ許されていても、ある程度の年齢になったときに、仕事でもプライベートでも何かを失うことだってありえるのだ。いきなり中高年の皆さんを脅すようなことを書いてしまったが、これをふまえて読んでほしいマンガがある。『米蔵夫婦のレシピ帳』(片山ユキヲ/小学館)だ。

 本作は妻に先立たれた男が再生し、変わっていく物語。そのきっかけになるのが妻の残したレシピ帳に書かれた料理の味である。

 読めばきっとその料理を食べたくなる。ただ読んでから食べると、こぼれる涙で塩味が強くなるかもしれない。そんな涙腺を刺激するドラマが展開していく。

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妻を亡くした男の再生と変化。ポイントは約束とレシピ帳

 57歳の小説家・米蔵卯之助(こめぐらうのすけ)の妻、りほ子が病気で他界したところから物語は始まる。米蔵は生きる気力をなくしていた。その憔悴ぶりには、担当編集者もかける言葉が見つからない。そんななかで彼は、りほ子が気に入っていた荒唐無稽な作品のプロットに手をつけ、執筆しようと一念発起する。その作品を完成させるという妻との約束を思い出したからだ。

 ふと、妻が入院する前に作っておいてくれたレシピ帳を手に取る米蔵。今まで料理を一切してこなかった男が、亡き妻の料理を作りはじめる。それはどのような気まぐれだったのか。ただ、そのレシピ帳が彼の心身の復活を促していく。

 大切な人を亡くした遺族が、落ち込み、立ち上がり、前を向いて再生する。これはよくあるストーリーだ。ただ本作は再生とともに、人としての変化が描かれていく。

 ポイントは新境地である。時代小説を主戦場にしてきた米蔵が、江戸時代末期に米国へ渡った侍がギャングと戦う小説「HITOKIRI兵衛」を書きはじめる。そして悪戦苦闘しながらも料理をやってみるのだ。これはいずれも、りほ子の思いに向き合う行為だ。

 さらに、気難しく人付き合いが苦手だった米蔵は、彼女のことをよく知っている人たちに積極的に会うようになる。義理の両親、きょうだい、友人、近所の子ども……そして彼らに自分が作る、りほ子のレシピで作った料理をふるまうのだ。

 米蔵は、妻がこの世を去らなければ変わろうとなどしなかったかもしれない。そう考えると少し切ないが、何にせよ、人は年齢に関係なく変われるのだ。劇的に。

作りたくなる、食べたくなる理由とは

 りほ子のレシピは、料理初心者の米蔵が分かるように大変細かく書いてあり、作中でも、ほとんどのレシピについて、材料と調味料の量から調理時間までも詳細に描いている。

 いくつかメニューを紹介すると「ソーセージと卵焼きだけのシンプル弁当」「焼きキャベツの味噌汁」「ブラウンソースのハンバーグ」「コンビーフときゅうりのサンドイッチ」「魚の煮付け」「クリームシチュー」……書き出しているだけで食べたくなってくる。どれも味が想像しやすい、いわゆる家庭料理なのもポイントだ。

 米蔵は、分量も几帳面に計測し、調理時間もタイマーで正確に計る。失敗することもあるが、それでも彼は妻のレシピを作り続ける。彼女とまた会えている気になるからだ。

 そのうちに米蔵は彼と同様に、りほ子の料理を味わってみたいと頼まれるようにもなる。美味しいと言ってもらい笑顔になる。レシピ通りに作ったはずの料理の味に違和感をおぼえて、美味しくするコツをレシピに書き加えるようにもなる。もはやこれは変化以上の成長である。

 57歳男性が今後、どのように変わっていくのか、引き続き見守っていきたい。人が変わるのに遅いなどということはない。そのきっかけがたとえ最愛の人を失ったことでも、である。

文=古林恭

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