「専業主婦なのに食事の用意すらまともにできない」疲れた心を優しく包み込むコミックエッセイ『心曇る日はご自愛ごはんを』

マンガ

公開日:2023/12/31

 極限まで追い詰められているとき、食べたくなるものがある。ふわふわしていて甘いもの。つまりロールケーキやショートケーキの類なのだが、心が疲弊しきっているとき、人は柔らかくて甘いものに触れたくなるのだと思う。なにより、情報量の多いものに触れたくない。無数の選択肢のなかから自分で選びそして決めることができるのは、心が元気なときだけだ。そんなことを、コミックエッセイ『心曇る日はご自愛ごはんを』(KADOKAWA)を読んで痛感する。


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 著者のうめやまちはるさんは、心身の不調で会社をやめて、そのタイミングで結婚し、専業主婦になった。ところが働いていたときはかろうじて保たれていた気力が切れて、寝てばかりの生活。夫は労ってくれるけれど、布団のなかで昼すぎを迎え、食事の用意もろくにできない状態は、何も言われなくても罪悪感がつのる。

心曇る日はご自愛ごはんを

 夫は「食事は適当でいい」という。でも、食事番が「なんでもいいよ」をきらうのは、作り続けるよりも、決め続けなくてはいけないことが、ときに何よりしんどいからだ。スーパーに行っても、食材は山のようにある。そもそも病で判断力の低下しているうめやまさんは、お弁当を選ぶのにも30分かかってしまう。そんな自分に落ちこみながら、思い出すのだ。働いていたときも「適当」がわからず、すべてに力を投入しすぎて、疲れ果ててしまったことを。

心曇る日はご自愛ごはんを

 買ってきたお弁当と即席の味噌汁を、夫が笑顔で食べてくれたことで、うめやまさんは初めて「これくらいでいいんだ」という塩梅を知ることができる。そうして、今日はお味噌汁を一杯、今日はズッキーニを焼いてみる、そんな「ほんのちょっと」を積み重ねていくことで、力の抜き方を覚えていく。

心曇る日はご自愛ごはんを

 会社では、精いっぱいやった書類まとめを「こんなに丁寧にやって他の仕事は大丈夫か」と眉を顰められたけど、夫は「これいいね!」と言ってくれる。あるいは「そこは手間をかけなくていいんじゃない?」と具体的に指摘してくれる。そうやって経験を重ねることでしか人は学べないのだ。誰かが「ありがとう」と言ってくれて安心するのは「大丈夫」と思えるから。その保証を、身近な人に惜しまず、ちゃんと与えていけるようにもなりたいと、うめやまさんの夫のふるまいに改めて思う。

心曇る日はご自愛ごはんを

 相手のことばかり慮ってしまい、自分を大切にするすべを知らなかったうめやまさんは、自分にできる範囲で、簡単でも、その日の心と体を満たす料理を作り続けることで、少しずつ前を向けるようになっていく。「みんなの常識」にとらわれず、自分がどういう人間で、何を求めているかを把握していくことができれば、自分に優しくすることができるし、結果的に相手を思いやることもできるのだということも、本書を読むと伝わってくる。

心曇る日はご自愛ごはんを

心曇る日はご自愛ごはんを

 紹介されているレシピも参考にはなるのだけれど、読者にとってのご自愛ごはんはきっとそれぞれにあるはず。今、まさに何をする気力もないという人は、ふと心に浮かんだ優しいごはんを用意してみてほしい。つくらなくてもいい。お湯をそそぐだけでも、パックのまま食べてもいい。自分のためにごはんを用意しておいしく食べられた、その瞬間がつながることで、人は明日もきっと生きていける。

文=立花もも

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