「霊との遭遇率100%」のホテルは、死者の霊を成仏させる不思議なホテル。宿泊客も読者も暖かい気持ちにさせるトラジコメディ『シェパードハウス・ホテル』

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PR公開日:2024/1/30

シェパードハウス・ホテル
シェパードハウス・ホテル』(森数機・はまぐり/集英社)

 今日は何もかもうまくいかなかった…。ため息をつきたくなるような1日の終わりには、やさしい物語に包まれたくなる。そんな時にぜひ読んでもらいたいのが『シェパードハウス・ホテル』(森数機・はまぐり/集英社)だ。

 カナダ・アルバータ州にある「霊との遭遇率100%」の噂が流れるホテル「シェパードハウス」を、1人のカメラマンが訪れるところから物語は始まる。その噂は本当で、「シェパードハウス」は死者の魂を成仏させる不思議なホテルだった。

 本作では、「シェパードハウス」に集まってきた幽霊たちが心残りを解消し、成仏するまでの数日間が連作で描かれていく。

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 幽霊の姿を描いた作品は様々あれど、『シェパードハウス・ホテル』は復讐や断罪がテーマになったホラーテイストではなく、生前から死後の出来事を時に賑やかに、時に寂しげに描くヒューマンドラマの側面が強い。

 その魅力の立役者となっているのが、ホテルのフロントマンのホンダとメイドのモアのキャラクターだ。

 ホテルにやってくる宿泊客たち(幽霊)の中には、自分がなぜ幽霊になってしまったのか理解していない者もいる。ホンダとモアも、彼らが抱く「幽霊になるほど心残りとなっている理由」が分からないため、ホテルの従業員として精一杯のおもてなしをすることしかできない。

 無愛想な見た目だが涙もろく人情家のホンダと、キュートな立ち居振る舞いで周囲を癒すモア。彼らが手探りながらも宿泊客と交流を重ねてゆく姿から、私たちは人の心の機微や、ちょっと大袈裟に言えば人生の何たるかをじんわりと受け取ることができる。

 例えばホンダは、プロポーズの前日に亡くなってしまった男性を前にして、彼の死の恐怖や無念に思いを馳せていた。しかし、彼が愛する女性との出会いによってどれほどの喜びや幸福を得たかを知ることで、「死なんてその人の人生の一部に過ぎなくて やり残したことの何倍も 生きてやり遂げたことがあるはずなんだ」と気づく。

 私たちは自分の人生だけでなく、他人の人生までもつい減点方式でジャッジしてしまう。できなかったことばかりが脳裏を掠め、無念や後悔を語り死者の思いを代弁した気になってしまう。

 これは生者のエゴなのかもしれないけれど、心の準備がないままに死を迎えてしまった人たちを思う時、彼らが成し得たことに思いを馳せれば、彼らも残された人たちも少しだけ救われるのかもしれない。

 自らの心残りに気づけない宿泊客たちに寄り添うホンダとモアの姿勢はただただ静かで柔らかく、こちらまでくつろいだ気持ちになってしまう。照明を落とした寝室で、1日の終わりに雰囲気たっぷりに読み耽り、眠りに落ちたい。『シェパードハウス・ホテル』は、大人が楽しめる洗練されたトラジコメディとなっている。

 穏やかな物語に暗い影を落とすのが、15年前にホテル内で起きた陰惨な事件だ。ホンダとモアがホテルで働くきっかけにもなったこの事件がスパイスとなり、読者は物語の行方から目を離せなくなってしまう。幽霊たちひとりひとりの背景を楽しみつつ、ホテル「シェパードハウス」が抱える悲しい過去の終着点も追いかけてもらいたい。

執筆:ネゴト / あまみん


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