女性でも自分の人生は自分で選ぶ! 変わらない男社会に問いを投げかける、人気ドラマの原作小説

文芸・カルチャー

公開日:2024/2/10

化学の授業をはじめます
化学の授業をはじめます』(ボニー・ガルマス:著、鈴木美朋:翻訳/文藝春秋)

 Apple TV+のドラマ「レッスン in ケミストリー」を視聴している人は多いかと思います。舞台は1960年代のアメリカ。パートナーを事故で亡くしシングルマザーとなった化学者・エリザベスが、男性中心社会で奮闘するストーリーです。全世界で600万部以上を売り上げている原作小説『Lessons In Chemistry』は2022年に発売され、2024年に日本語訳版『化学の授業をはじめます』(ボニー・ガルマス:著、鈴木美朋:翻訳/文藝春秋)が登場。著者は当時65歳にして本書がデビュー小説となりました。本当に「長年あたため続けてきた」アイデアが、全編に行き渡っている一作です。

 グツグツと煮えたぎる鍋を丁寧にかき混ぜて味付けするかのように、エリザベスは怒りを大爆発させることなく、あくまで毅然とした態度で男社会のいざこざにクールに対処していくのが本作の見どころです。当時の学界における女性の処遇について、冒頭でエリザベスは「だれも私をしらない」とつぶやきます。

現在は有名な化学者のガールフレンド。けれど、単にエリザベス・ゾットとして扱われたことは一度もない。

 映画『プロミシング・ヤング・ウーマン』のように女性が男性に復讐を果たすタイプの物語もありますが、エリザベスは怒りを発露したとしても「いまなんておっしゃいました?」という言葉ぐらいでとどまります。「消し書きすることができるから」という理由でかんざしの代わりにHBの鉛筆で髪を留めているエリザベスは、弛みなき科学的探求のように行動をひとつひとつ着実に起こしていき、チャンスを掴みます。テレビの料理番組「午後六時に夕食を」の出演権です。ここから、実力に見合った給料を得ることができずに困窮してきたエリザベスの運命が変わっていくことになります。

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「料理は科学です、ミスター・パイン。ふたつはたがいに矛盾するものではありません」
「これは驚いた。ぼくもそう言おうと思っていたんです」
食卓の前で、エリザベスは未払いガス電気水道代を思い浮かべた。「そういうお仕事は、報酬はいくらいただけるんですか?」
ウォルターが口にした数字は、エリザベスの側から小さく息を呑む音を引き出した。

 1960年代の物語が2022年に描かれているということは、著者がその年代に思い出があるからということもありますが、「60年代の事象を利用して現代に物を言いたい」という意図が当然あることと思います。

 最も顕著なのは、既に述べたような女性の処遇の「変わらなさ」に対する問題提起だと筆者は感じました。エリザベスは男性からだけではなく「既にそんなに恵まれているのに、それ以上何を望むっていうの?」といった調子で、女性からも疎んじられます。しかし、エリザベスは「自分がそうしたいのだから、それでいいじゃない。何がいけないの?」と、人生の選択肢を自分らしく選び取っていきます。

 その姿が、世界各地の読者たちを勇気づけているのでしょう。実際「あとがき」には、本書を読んだのがきっかけで仕事を辞めて大学で学び直しているとか、離婚して自分のやりたいことを始めたなどといった報告の手紙が著者のもとに届いているというエピソードが紹介されています。

 ドラマ「レッスン in ケミストリー」を観たことがない人でも、エリザベスのかっこいい様に魅了されてスイスイ読めますが、観ている人ならなおさら必見の一冊です。

文=神保慶政

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