2005年01月号 『夕凪の街 桜の国』 こうの史代

今月のプラチナ本

2004/12/6

夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス)

ハード : 発売元 : 双葉社
ジャンル:コミック 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:こうの史代 価格:864円

※最新の価格はストアでご確認ください。

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

2004年12月06日

『夕凪の街 桜の国』こうの史代 双葉社 840円

0501p.jpg    原爆投下から10年。広島も町としての姿を取り戻し始めているが、街にも、人々にもまだ生々しい傷跡が残っている。家族の多くを原爆で亡くした女性、皆実(みなみ)は母と二人きりでバラック暮らしをしている。淡々とした日々の中、時折思い出される原爆の記憶が“生き残ってしまった”彼女を苦しめる。同僚との淡い恋から、新しい一歩を踏み出そうとした矢先に皆実は……。
 原爆投下から10年後を描いた『夕凪の街』、50年後の『桜の国(一)』、60年後の『桜の国(二)』と、時を経、人々が日常を取り戻そうとしてもなお、様々な形でよみがえる原爆のつめ跡を、戦後世代が描く意欲作。 

こうの・ふみよ●1968年、広島市生まれ。93年度講談社アフタヌーン四季賞春のコンテスト佳作を受賞する。95年『街角花だより』でデビュー。主な著書に『ぴっぴら帳【完結編】』(双葉社)がある。現在「漫画アクション」(双葉社)で『さんさん録』を連載中。


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横里 隆
(本誌編集長。これからはてくてく歩くのだキャンペーン継続中。空を見上げ、空気の底で生きていることを感じながら歩く。気持ちいい)

悲しみに溢れた人生
静謐で美しい人生

戦争、貧しさ、差別、そうした大きな悲しみの影は、戦中戦後の頃と比べ、確実に薄くなってきている。でも、やっぱり悲しいことはたくさんある。思い通りにいかないことも、いくらでもある。どうしようもなく泣きたくなったときには、この物語を開いてみてほしい。悲しみと向き合い、それを抱き続けて生ききった人々の痕跡に、激しく心を揺さぶられるはずだ。一般的に言って、あまりに大きな悲しみであるヒロシマの爆弾の前では、小さな悲しみなど消し飛んでしまいがちなのに、この作品では、人々のささやかな暮らしが、小さな恋が、あざやかに浮かび上がる。“ヒロシマ”の悲劇だけでなく、生きる悲しみと、美しさの双方が奏でられる。悲しみに溢れた僕たちの人生は、ゆえに静謐で美しい人生に転化することもできるのだ。静かに激しく、魂に突き刺さる物語は、すべての困難とあらゆる絶望に処方可能な物語といえる。


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稲子美砂
(本誌副編集長。主にミステリー、エンターテインメント系を担当。)

今も苦しむ人がいることを
実感させてくれる静かな傑作。

作者のこうの史代さんは広島市の出身だが、親族に被爆者がいるわけでもなく「原爆はわたしにとって、遠い過去の悲劇で、同時に『よその家の事情』でした」(「あとがき」より)という。こんな立ち居地にいるこうのさんだからこそ、戦争を知らない私たちに、その傷跡が未だに癒えないことを日常の中の苦しみとして届けてくれたのだろう。恐怖や憤りとは違う感想を持ったヒロシマの物語。もう終わったと思っていたのに、不意に現れる悪魔によって打ち砕かれる淡い恋や家族のささやかな幸せはむごいというほかにない。逝った人、残された人の悲しみが深々と心に迫る傑作だと思う。


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岸本亜紀
(怪談、ミステリー担当。怪談専門誌『幽』の2号が12月10日に発売!新連載も始まります。お楽しみに!)

ヒロシマの暗部と光、
今だからこそ描ける命の転生の物語

ラストの「生まれる前 そうあの時わたしはふたりを見ていた そして確かにこのふたりを選んで生まれてこようと決めたのだ」に感動して涙が止まらなかった。原爆の事実は知っているつもりだった。でもこの物語に出てくるような市井に生きたごく普通の人々の心の内までは想像するこができなかった。被爆した人はいつ自分がいつ死ぬのかにおびえ、仮に生き延びたとしてもそれを恥じるようにして暗闇の中を静かに生きていたのだ。でも新たな生命は、それらすべてを暖かく包み込み、桜の花が毎年ちゃんと咲くように、この世に生まれてこようとしていた。ほんの数代にも関わらず、多くの記憶は薄められていく。それは人が幸せになるための手段だ。しかし時が移っても、命が記憶した暗部は決して消えることはない。


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関口靖彦

(本誌と並行して、怪談専門誌『幽』も入稿ラッシュ。渡りかけた吊り橋を切られ、対岸に向かって全力で走るインディ・ジョーンズの心境です)

誰かを喪い、自分は生き残る。
そうして今、われわれがある

第1編『夕凪の街』は、雑誌掲載時に読んでいた。表紙は水着のアイドル。せわしない職場で缶コーヒーをすすりながらページをめくり、いつのまにか自分ひとりだけが深閑とした穴に落ち込んでいた。涙がにじみ、あわててぬぐってごまかした。「戦争のとき、こんな大変なことがありました」という過去形の物語は、繰りかえしてはいけないと思いつつも、やはり済んだことと見てしまう。しかし本作は、被爆した人を喪う、生き残った人を描いている。生き残った人――現在のわれわれ読者全員もそうなのだ。原爆を描きながら、いつまでも現在形の物語である。


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波多野公美
(WEBダ・ヴィンチの角田光代さん連載のヒミツ。実は、木曜24時に私がえいやっと手動で更新しています……ぜひ読んでくださいね~)

この作品に出会えて
本当によかった!

この本を読んだのは、人に薦められたからだった。ヒロシマの話だと聞いていたのに、絵の雰囲気も装丁も、ほのぼの、ふんわりと可愛らしい。作品を間違えた? と思うほど戦争のイメージから遠い。けれどもこれは間違いなく、ヒロシマで、やわらかな心を持った普通の愛すべき人たちに何が起こったかという話だった。読み終わって、私にできることを考え、編集部のプラチナ本会議で候補として推薦した。そして、プラチナ本に選ばれた。そういう本なのだ。これを読んでいるあなたにも、私はこの本を薦めたい。読み終わったら、あなたがまだ読んでいない人に薦めてくれたらと祈りながら。


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飯田久美子
(この前カキにあたって夜中病院で点滴を打ってもらっているうちに眠ってしまい、いつまで経っても起きないので、大変迷惑がられました)

語らないことが持つ迫力

原爆が投下された日、私の祖父は広島にいた。子どもの頃、祖父がその時の話をしてくれるのが好きだった。オノマトペたっぷりの語り口が迫力満点でワクワクしていたのだと思う。祖父は亡くなるまで毎年8月6日は必ず新幹線に乗ってひとり広島に出かけていた。戦争が終わってもう何十年も経つのにどうしていつまでも律儀に広島に行くのか、訊いたことは1度もなかった。『夕凪の街 桜の国』には、迫力満点のオノマトペも『はだしのゲン』みたいなグロい画も出てこないけれど、淡々とでもたしかに、戦争の恐ろしさ、哀しさが描かれている。たとえば、祖父がオノマトペの下に隠して語ることのなかった思い、今のイラクの人たちの気持ちが、どんなものか想像せずにはいられなかった。


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宮坂琢磨
(今月の「マンガ狂につける薬」でも『夕凪の街 桜の国』を取り上げています。是非見てください)

戦後世代が描き出す
美しきヒロシマの物語

涙がこみ上げたのは7回目。7回目に本を閉じたあとであった。読むたびに、描かれる情景がだんだんと色濃く鮮明になっていくのを感じる、不思議なマンガだ。

読み始め、原爆がテーマということで、つい身構えてしまったのは、『はだしのゲン』という被爆者による強烈な名作(いまだにトラウマ)を読んでいたためだし、逆に原爆を安っぽいイデオロギーの吐露に利用する数々の駄作を見てきたからでもある。少なくとも僕にとっての原爆(を含めた戦争テーマ)は実際に戦争体験していない人間が、軽がるしく扱ってはいけないものである。そう決め付け、考えないようにしてきた。そんな僕にとって、戦後世代の描くこの美しくもはかない物語との出会いは、まさに僥倖である。


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Now Printing

『四畳半神話大系』
森見登美彦 太田出版
1600円(予価)
12月上旬~中旬発刊予定

四畳半に流れるどどめ色の青春哀歌

宮坂琢磨  

yokosato_new.jpg「薔薇色のキャンパスライフ」を求めて揚々と“サークル”にはいったはずが、実益のあることを何一つしないまま大学三回生になってしまった主人公。自室の四畳半で、怠惰で破廉恥で無為な生活を送っている主人公に、ある転機が訪れるのだが……。
「もしあのサークルに入っていたなら」そんな“もし”によって分岐した四つのパラレルワールドを、ダメダメな大学生を主人公に描く連作短編集。

全国の屈折した若人たちよ。われわれの栄光かつ屈辱と、無為にまみれた青春への賛美歌がここにある。黒髪の乙女と過ごす薔薇色のキャンパスという(童貞的な、あまりに童貞的な)妄想(しかし、それは取りも直さず我々が切望していたものだ)を四半世紀に及ばんとする年まで暖めてきてしまった主人公の(いや、むしろ僕らの)存在自体に涙がこぼれる。脇役も秀逸にどうしようもない。他人の不幸でご飯を三杯たべられる小津、薄っぺらいカリスマ性で映画サークルを支配する城ヶ崎(彼は香織さんと呼ばれるラブドールを慈しんでいる)、何年も学生生活を続け、ついに仙境に達してしまった樋口師匠など、唾棄したくなるほど素晴らしいキャラクターの数々。屈折しすぎて、もはや何がなんだかわからない男同士の友情物語に、甘い読後感があるはずもないが、虫を噛み潰したような苦さのなかに、妙に深いコクがある。


イラスト/古屋あきさ

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