【ダ・ヴィンチ2015年10月号】今月のプラチナ本は『王とサーカス』

今月のプラチナ本

更新日:2015/9/5

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『王とサーカス』米澤穂信

●あらすじ●

2001年、新聞社を辞めフリーの記者となった太刀洗万智は、海外旅行特集の事前取材を兼ねてネパールへ向かう。しかし現地で穏やかな時間を過ごそうとしていた矢先、王宮で王族殺害事件が勃発。太刀洗は早速取材を開始したが、話を聞いた相手が翌日、奇妙な死体となって発見される。「この男は、わたしのために殺されたのか? あるいは――」疑問と苦悩の果てに、太刀洗が辿り着いた真実とは? 『さよなら妖精』から10年後の世界を舞台に、実際の王宮事件を取り込んで描き出される、米澤ミステリーの記念碑的傑作!

よねざわ・ほのぶ●1978年岐阜県生まれ。2001年、『氷菓』で角川学園小説大賞奨励賞〈ヤングミステリー&ホラー部門〉を受賞してデビュー。同作から始まる古典部シリーズ、『春期限定いちごタルト事件』に始まる〈小市民〉シリーズなどで人気を博す。11年に『折れた竜骨』で日本推理作家協会賞、14年に『満願』で山本周五郎賞を受賞。

米澤穂信 東京創元社 1700円(税別)
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

 

“謎解き”を超える“問いかけ”のミステリー

小説というものの面白さが詰まった本だった。日本人フリージャーナリスト・太刀洗万智が訪れたネパールで、皇太子による王族殺人事件が起こる。取材を開始した彼女の前に、話を聞いた相手の死体が……。ミステリーには、純粋なトリックの魅力に焦点を絞り込んだ作品もあれば、ある事件からどんどんと世界が広がっていく作品もある。本書は後者の傑作で、主人公が何を成せば“解決”になるかもわからないまま、さまざまな人物と出来事がからまっていく。そしてその時、人は何を知り、何を伝えていくのか。直接には所縁のない場の、事件を書くことに、どんな意味があるのか(これはジャーナリズムだけでなくミステリーそのものへの問いかけでもある)。物語ることは現実とつながり得るのか――。重層的な大作で、読後の満足感はひとしおだ。

関口靖彦 本誌編集長。編集部の引越しで、デスクは未読の本を詰め込んだダンボール箱に囲まれています。読みたい本は増える一方で、これらの箱をきれいに片づけられる日はいつまでも来そうにない。

 

作家の姿勢と人柄が滲みでたメッセージ

ネパール王宮での王族殺人事件、投げ出された取材者の死体……よもやここからこんなふうにストーリーが進むとは思わなかった。一読したときはその予想外の着地にただただ驚いたのと、著者自らも含むであろう、ベルーフ(天職)についての真摯な宣言に感じ入った。再読して気づいたのは、この舞台設定、時代、登場人物、『さよなら妖精』からの流れ、すべてが必然とも言える緻密なピースでこの物語が構成されていることである。近年の米澤作品を読むと何よりその丁寧さにまず感動するのだが、『王とサーカス』はその集大成的な念の入れようだった。エンターテインメントとして、いくつもの星がちりばめられた本作だが、最後に発せられたメッセージはあまりにも鋭く重い。作家として、この問いを投げかけた著者の姿勢にまず拍手を送りたくなる傑作だった。

稲子美砂 「コーヒーと本」特集の取材、めっさ楽しかった。美味しいコーヒーを堪能したことはもちろん、素敵な偶然がいろいろあった。片岡義男さんと大坊勝次さんの対談には金言が満載。ぜひ!

 

本当に暴かれる謎とはなんなのか?

なぜ伝えるのか? 記者の太刀洗万智は、殺されたラジェスワル准尉が残した問いに対して自問自答しながら、事件の真相を追い続けていく。私もまた「伝える」仕事をしている。だから自分を重ねた。彼女と同じように、仏僧の八津田の言葉の真意を考え、月刊深層の牧野と話しながら記事の進行を踏みとどまるところでは、一緒にはっとした。大刀洗は、物語の最後、再び、なぜ伝えるのか?と問われたとき、もう迷わなかった。それは彼女が頭だけではなく、心も体も総動員して体験から得た自分の答えだ。見事なのは彼女自身の心の問題を追うことがミステリーの謎をとくことにもつながっていること。そして、最後の謎にたどりつき、自分の探す答えも得たと思った瞬間、彼女が見せられるものとは……見事にやられた。心揺さぶられる傑作ミステリーだ。

服部美穂 「男 アラーキーの裸ノ顔」撮影で、糸井重里さんにご登場いただいたのですが、それがきっかけで荒木経惟×糸井重里対談が実現。近々、その記事が「ほぼ日刊イトイ新聞」で公開予定です!

 

シリアスな大人の冒険譚を楽しんで

太刀洗万智が見たものを私も見る。彼女が聞いた音を私も聞いて、嗅いだ匂いを私も嗅いで……、そんなふうに主人公の万智を通して物語にのめりこんだ。子どもの頃に児童文学の世界を楽しんでいた感覚を、ファンタジーやSFではなく、現実感のある“今”を舞台にした作品で感じられたのが、とてもよい気分だった。私はよい気分なのだが、万智に降りかかった状況、課せられた仕事、そして答えをだすべき事案は非常にシリアス。この落差が読書を加速させる要因だったと思う。

鎌野静華 ちらし寿司が食べたくなり近所のお寿司屋さんへ。色とりどりの海鮮の下、ちらりと見える桜でんぶや甘いかんぴょう……。酷暑に弱った心に栄養でした。

 

スリル、謎、問い。贅を尽くした異国への旅

標高1300メートルに位置するカトマンズ盆地。赤茶色の建築物の連なりと人々の佇まい、乾いた土の匂い。異国情緒たっぷりの描写が連続する序盤を駆け抜けると、史実を基にした大事件が勃発する。ネパールの歴史と現実を目の当たりにしながらスリル満点で読み進められる中盤を迎えたとき、主人公の太刀洗に迷いが生じる。私の仕事とは、一体何なのか。足元で起きた異国の惨劇は急展開を見せ、ゴワゴワとした謎と違和感が束になって読者を揺さぶる。贅沢な読書体験!

川戸崇央 コーヒー特集を担当。これを機にと、夜中に地元の喫茶店に入ってみると店員はメイド服で、店内にはブランコがあった。ジン・ライムを二杯飲んだ。

 

骨太のミステリーにぐいぐい惹きこまれる

ぐいぐい惹きこまれながらも、読後には苦い後味が残った。まるでネパールに身を置いているような異国気分にどっぷり浸らせてもらいつつ、内戦危機に緊張感も覚え、記者生命をかけた主人公の行動と謎解きに夢中になっていった。そして主人公の信念やアイデンティティの揺らぎに自分の立ち位置も考えさせられた。私は報道ではないけれど、情報を発信する側として「知る」こと「伝える」ことの意味は何だろう? そんな問いかけを深く胸に刻んでもらったように思う。

村井有紀子 星野源さん特集(P148〜)担当。これを機に未読の方はぜひ星野さんの著作に触れていただければ嬉しいです。秋からの連ドラ出演も楽しみ!)

 

タイトルの意味に読みあたったとき思わずドキリ

ネパールで実際に起きた政変とフィクションを織り交ぜた展開。真実を伝えるべく取材を進める万智は、事件を追うなかで記者としての信念を揺さぶられる。なんのために伝えるのか? 答えはエゴイズムに行きつき、「それが自分の信念の、プロフェッショナリズムの中身なのか」と煩悶する姿には、畑違いながらメディア側で仕事をする者として共感を抱く。報道・ジャーナリズムの在り方や、見世物化されたノンフィクションに群がる人々(自分も含め)への問いが心に残った。

地子給奈穂 初めて宝塚歌劇を観てきました。歌も踊りもさすがのクオリティで感激。プロの仕事に触れるとパワーをもらえます。あの化粧、一度やってみたい。

 

情景、スリル、問題提起、全て備えた力作

土煙の匂い立つアジアらしさがありながらも、どこか静謐さを漂わせる土地、カトマンズ。実際に足を運んだことはないものの、その情景がまさに五感で感じられる美しい作品だった。そしてそこで起こる王宮事件が、ジャーナリストの主人公・大刀洗に、アイデンティティを揺さぶる問いを投げかける。「なぜ伝えるのか?」同じメディアに携わる人間として、単なる上質なミステリー作品として「あー面白かった!」で終わることはできなかった。自分なりの答えは、まだ、出ない。

鈴木塁斗 三味線をはじめたり、初めて寄席にいってみたりと、最近自分が和風文化に寄っている気がします。相変わらずカレーとラーメンばかり食べていますが。

 

「語るべきこと」の在り処

報道の最も重要な要素は、「何を」伝えるかではなく「誰が」伝えるかなのだという。なぜならば、報道という行為は、何を伝え、何を伝えないのかを取捨選択する個人の独断の先にあるからだ。だから、記者の太刀洗は異国の王家の同族殺しという空前の事件を前に、自問自答を繰り返す。「私は何者で、今どこにいるのか」と。これは、天を仰ぎ見る冒険の物語ではない。むしろ、物語とは、語り伝えるべき何かとは、地続きなものに向き合う誠実さから生まれるのだと、教えてくれる。

高岡遼 本書は、同時に「祈り」についての物語であるとも思いました。誰が何を祈るのか。終章で太刀洗がたどり着いた彼女の「祈り」の頼もしさに救われました。

 

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