小学生たちの独立国家は、実現するのか?! 『ぼくたちはこの国をこんなふうに愛することに決めた』

文芸・カルチャー

2018/1/24

『ぼくたちはこの国をこんなふうに愛することに決めた』(高橋源一郎/集英社)

『ぼくたちはこの国をこんなふうに愛することに決めた』(高橋源一郎/集英社)。このタイトルを初めて聞いた時、2017年に漫画化や宮崎駿監督による映画化発表で話題となった『君たちはどう生きるか』を思い出した。その印象は的外れではなく、あとがきで著者自ら吉野源三郎の原作『君たち…』を目指して書いた、と言明している(ちなみに、本書は2016年夏からの雑誌連載に加筆・修正を加えたものであるため、2017年の『君たち』ブームは著者にとっても驚きであったようだ)。

■小学生が国家を運営するという驚きのテーマの先にあるものは?

 本書の主人公は、両親に「ランちゃん」と呼ばれる小学校高学年の男の子だ(『君たち』の主人公が皆に「コペル君」と呼ばれるのに似ている)。
 物語はランちゃんの視点で進み、ランちゃんの主観の範囲でしか読者は情報を得ることができないため、少々もどかしい。そのうえ、ランちゃんは現代っ子だ。「現代っ子」でない私は、第三者の視点で読み進めることになる。

 義務教育とあまり相性の良くなかったランちゃんは、小学3年生の時から「ハラさん」と呼ばれる「大人」が園長を務める学校で学んでいる。時間がゆっくり流れる校内にはあちこちに本棚があり、子どもたちはいつでもどこでも、好きな時に本を読むことができる。子どもの自主性が最大限尊重され、宿題も成績もないが、夏休みにはチームで「何かをつくる」ことになっている。

 物語は「夏休みに『くに』をつくろう」と友達が言い出したところから動き始める。ランちゃんを含む4人の子どもたち(=ぼくたち)は、「くに」について本やインターネットで調べたり、周囲の大人に尋ねたりしながら、「くにづくり」を進めていく。そして、ぼくたちの活動をSNSで発信する。善意の忠告や感情的な誹謗中傷も受ける中、応援者となる外部の人物と知り合いになる。その人の自宅に招かれたぼくたちが体験した出来事は、やがて大きな転機をもたらすが…。

■子どもたちの「成長小説」としての魅力が光る!

 本書の帯には「『小説』形式のまったく新しい社会批評」というコピーが書かれているが、「社会批評」以外のものが豊かに含まれている。「ぼくたち」は現代社会に疑問を持ち、そして批判的なことを言うこともある。だが、物語はぼくたちが誰かと出会い、刺激を受け、考えることで進んでいく。人だけではなく、本や図書室もまた重要な要素だ。
 本書における「本」は、単なる情報物ではない。人類が脈々と受け継いできた叡智の結晶として扱われる。また、本を読むという行為は、時間と空間を超えて作者と対話をすることでもある。その感覚は、作品を読んで体験してもらうのが一番いいだろう。

 また、「ぼくたち」がどんなふうに国をつくり、成長したのかを見届けた後には、あとがきにも目を通すことをおすすめしたい。作中における子ども視点ゆえの思考の乱暴さや詰めの甘さに対するモヤモヤがすっきりするだろう。若い読者に向けた著者の言葉が、実に優しくて柔らかい。

文=長友紀子