来日中の巨匠ベラスケス、絵画誕生の秘密が明かされる!? 『パレス・メイヂ』に続く久世番子の新作舞台はバロック調のスペイン

マンガ

公開日:2018/5/24

『宮廷画家のうるさい余白』(久世番子/白泉社)

『宮廷画家のうるさい余白』(久世番子/白泉社)は、いま読んでおくべきマンガである。店頭で見かけたらすぐ手にとって、隅々まで味わうことをおすすめする。というのもこの“宮廷画家”が示すのはベラスケス。スペイン絵画の黄金時代に名をはせた巨匠であり、現在、東京・上野で開催中の「プラド美術館展」の目玉となっている画家がモデルとなっているのだ。

 物語の主人公は、シルバ・ベラスケス。突出した才能をもつが、お金にならない仕事はしない。そんな彼が念願かなって宮廷画家にとりたてられて、スペイン王家を前に才能を発揮していく姿を描きだす本作。第1巻で展開するのは、自身の肖像画をことごとく切り裂いていく不機嫌づらの王女ドニャ・イサベルとの出会いだ。

 ベラスケスはやがて王女の不機嫌の理由と、肖像画を一切気に入らない理由にたどりつく。王女は、ある“絵”とともに過去にとらわれており、できるだけ嫁入りする日を遠ざけようとしていたのだ。だが、現代と違って結婚とは政略の道具なのだから、個人の我儘が通用するはずもなく、彼女はフランス王室に嫁ぐことが決まってしまう。そんな彼女に新たな希望を与えたのもやはり絵だった。ベラスケスの教えてくれた芸術と、彼と過ごした日々、そして絆のもと生み出された肖像画が彼女を未来へと運んでいく。

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 本作はあくまでベラスケスをモデルとしたフィクション・マンガ。細部の描写やエピソードは、久世番子氏による創作だ。けれどベラスケスの描いた絵は、実際に彼が描いたものが登場する。

 そのひとつが、“ヴィーナスとキューピッド”。「鏡のヴィーナス」として後世に知られるこの作品は、女神ヴィーナスがこちらに背を向け裸体で横たわり、キューピッド(天使)が掲げる鏡にうつる自分の顔に見入っているというもので、その後生まれた数々の絵画に影響を与えたとされる一作。“淫ら”なものは書物も絵画もすべて異端とされ火に焚かれていた当時のスペイン。裸婦画も取り締まりの対象だったにもかかわらず、なぜこの絵画だけが処分をまぬがれたのか……? 嘘かまことか、ベラスケスとイサベル王女が絵に託した想いと、ふたりの切ない恋模様が展開される。

 カメラのなかった17世紀、人々の生きた証も思い出も、残す手段は絵画だけ。国を超えた政略結婚があたりまえだったこの時代、やすやすと婚約相手に対面できるはずもなく、相手に肖像画を送ることは必須。そのため写実的に、なおかつ美しく荘厳に演出できる才能をもった画家が重宝された。だが写真と絵画は違う。絵には、描き手の心を加えることができる。

 余白とは、本題が記されたあとの空白だ。もしかしたら、そこに何を描きいれるかこそが、画家の腕の見せどころなのかもしれない。本題を邪魔せず、むしろ引き立てながら、真意を記す。一見するとただの守銭奴で、飄々としたベラスケスがイサベル王女の肖像画にこめた心はまさに“うるさい余白”。2巻以降もどのような心が描きこまれていくのか楽しみでならない。

 残念ながら東京でのプラド美術館展は5月末で終了してしまうが、続いて神戸でも展覧されるので、歴史に残されたベラスケスの絵画とともによりいっそう作品を味わってみてほしい。

文=立花もも