湊かなえ、心理サスペンスの決定版! 港町で立場の違う3人の女性たちが出会う――たどり着くのは理想郷ではなく、歪んだ現実…

文芸・カルチャー

2018/6/14

『ユートピア』(湊かなえ/集英社)

 誰かを打ちのめしてやろうという明確な悪意をもって、日々を過ごしている人などそう多くはいない。たいていの人は、自分の性格がよくはないという自覚はあっても、どちらかといえば善人だと信じているし、平穏無事で幸せに暮らしたいと願っている。だがこの“幸せ”というのが厄介なのだ。一人ひとり理想の形が異なるなかで「よかれと思って」が積み重なると、たどりつくのは理想郷ではなく歪んだ現実だけ。そんなことを思い知らされたのが、山本周五郎受賞の湊かなえさんの小説『ユートピア』(集英社)である。

 太平洋をのぞむ人口7000人の鼻崎町。物語の舞台となるこの港町に生きる人々は、そのほとんどが「悪い人じゃない」。たとえば、商店街の仏具店に嫁いだのをきっかけに、生まれ育った町に戻ってきた地元民の菜々子。のんびりやのお嬢様気質なところはあるけれど、彼女はいつだって、足が不自由で車いす暮らしの娘・久美香のために一生懸命だ。

 夫の転勤について東京からやってきた光稀は、内心田舎暮らしを軽蔑し、お高く留まっているところはあるものの、商店街で雑貨店を営みながら、娘の彩也子とともに彼女なりに町になじもうとしている。

 そして岬の一角にある“芸術家タウン”でパートナーの健吾と暮らす陶芸家のすみれ。鼻崎を「花咲」に変えて、町のすばらしさを作品と融合して発信すべく、町おこしを企画する。

 誰の胸にも、多少の愚痴や文句はあれど、悪意はない。久美香と彩也子の友情を広告塔に、すみれが自分の作品を使ったボランティア基金「クララの翼」をたちあげたのも、打算はあれど、誰かの役に立ちたい、子供たちのためになることをしたいという善意や思いやりからだったはずだ。

 だが想う相手も、望む幸せの形も、当然ながら一人ひとりちがう。ボランティア活動が軌道に乗れば乗るほど、そのちがいがあらわになり、3人の関係は不協和音を奏ではじめる。さらに地元民が密接に寄り添いあって生きている町で、唐突に目立てばたたかれるのも必定。3人への中傷や陰口が町でささやかれはじめ、その矛先はしだいに子供たちへも容赦なく向けられる。

 家族とともに地域で営む生活は、自分ひとりで完結できるものではない。親に対する評価は、子へのそれにつながり、子のふるまいもまた、親を見る目に重なっていく。支えあって生きる田舎の人情味はあたたかな守りであると同時に、冷たい監視の目だ。そしてその目は、SNS以上に人の生活を息苦しく縛りつける。

 自分が正当に評価されないのは、ここにいる人たちのレベルが低いからだ。ここではないどこか、理想郷へつれていってくれる何か。閉塞感を打ち破ってくれる何かがきっといつか自分の前にも現れるはず――その鬱屈した想いはやがて、町の資産家殺人事件と結びついていく。どれだけ高尚な理想を掲げていても、先立つものがない限りは自由の足掛かりにはならないと人はみな知っているから。

 彼女たちにふりかかる災厄は誰にとっても他人ごとではないとぞっとさせられる一作である。

文=立花もも