「胃ろう患者の約8割がまだ食べられた」世界トップクラスの医療大国の陰に隠された真実。そして、“北海道夕張市”の努力とは?

社会

公開日:2018/7/2

『医療経済の嘘』(森田洋之/ポプラ社)

 日本は医療の先進国だ。年々延び続ける世界トップクラスの平均寿命がそれを物語る。けれども同時に、医療費が増え続けている。なぜだろう。医療大国であるのに、なぜ病気の人が減らないんだろう。

 この裏には少子高齢社会という現実と、医療という大きな陰に隠れた嘘がある。『医療経済の嘘』(森田洋之/ポプラ社)より、私たちの知らない真実をご紹介したい。

■病人は病院で作られる

 日本は世界トップクラスでCTやMRIなどの高度医療機器を保有している。人口当たりの保有数は、同じく医療先進国であるアメリカの2倍、イギリスの10倍以上。病床も同じで、人口当たりの保有数で比べると世界一だ。

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 環境面では間違いなく医療大国なのだが、こんなデータもある。各都道府県の「病床数と平均寿命の相関」だ。本書ではグラフを使ってこれを詳細に解説しているのだが、ちょっと難しいので結論だけ述べたい。「病床数が多くても、平均寿命が延びるわけではない」のだ。

 一方でこんなデータがある。「病床数が増えれば増えるほど、一人当たりの入院費用も増えていく」。埼玉県民の入院費は1年間で平均して8万円台なのに対して、高知県民は19万円を超える。その差は2倍以上。人口当たりの病床の数が多い地域に住む人々は、その数だけ入院患者が多くなり、老若男女関係なく支払う入院費が高くなる。

 医療の環境が整っても病人は減らない。本書はこう指摘している。「病人は病院で作られる」と。

■日本人の約8割が病院で最期を迎えている

 私たちが病気をしたとき、医療は「治療」という正解を見つけ出す。結果、多くの場合で健康が回復していく。しかし病気ではなく「老衰」が原因で入院したとき、医療に残された選択は「延命治療」になる。

「胃ろう」がまさにそうだ。口から栄養を摂取できない人が、胃に穴を開けて直接栄養を取りこむ治療だ。高齢者の場合、誤嚥性肺炎などの危険性を考慮し、終末医療の一環として胃ろうを行うことが多い。

 ネットで「胃ろう」を検索すると、高齢者の悲しい姿が出てくる。手足が硬直したり曲がったりしているのだ。これは正しいのだろうか。生きているのか、医療に生かされているのか、安易に正解を出せない姿に、言葉を失くしてしまう。

 本書ではこんなデータを載せている。2016年の日本老年医師学会の全国大会の報告によると、医師から「食べちゃダメ」と言われて胃ろうを選択した人々のうち、なんと約8割がまだ食べることができたというのだ。

 なぜ医師がこのような決定を下してしまうのか。その裏には、医療の「安全至上主義」がある。人は加齢によって食べ物を飲み込む力が衰えていく。だから正月にモチを食べて喉をつまらせる高齢者が多いように、「窒息」や「誤嚥」の危険性が増える。

 今や大きな病院は必ずといっていいほど裁判を抱えている。患者の家族が医療ミスを指摘し、訴えを起こしているのだ。だから医療側はどうしても危険性の低い胃ろうを選択することになる。

 こうして病床が埋まり、日本人の約8割が病院で最期を迎えている現状につながる。

■日本の医療に答えを出した北海道夕張市

 では、私たちは医療とどう向き合っていけばいいだろうか。この答えを出した地域がある。財政破たんを起こした北海道夕張市だ。

 日本の自治体の中でもトップクラスの人口減少と高齢化に直面した夕張市は、「病院」よりも規模の小さい「診療所」しか維持できなくなった。市民の健康を揺るがす大問題だ。誰もが悲観的な未来を想像したが、結果は違った。

 大きな健康被害が出なかったのだ(=夕張市の死亡者数と死亡率にほとんど変化がなかったという意味)。夕張市の医療費と救急車の出動回数も減ったという。

 さらに驚くべきデータがある。ガン、心疾患、肺炎の死亡率が大きく低下。そして老衰の数が増えた。医療を受けたくても受けられない人が続出したわけではなく、自宅で自然に亡くなる人が増えたというのだ。多くの日本人が望む理想の最期だ。

 この本を読み終えた立場から一言でまとめるならば、「夕張市民が、特に高齢者が医療としっかり向き合って自身の終わり方を考えながら生活し、地域に住む人々で支え合うように生きたからではないか」と感じる。

 言葉にすれば簡単だが、これを実践するのは容易じゃない。信頼を築き合う人間性と行動力、命のありかたを受け止める勇気、医療に頼らずに生き続ける健康管理など、夕張市民は私たちが見習うべき努力を果たした。

 止まることのない少子高齢化の中で生きる私たちは、これから自身の健康や医療とどう向き合っていけばいいだろう。本書では、その答えの1つを夕張市民の生き方から見出している。

 人は生きていれば必ず死ぬ。この問題は私たちに絶対関係のあるものだ。これを機会にぜひご自身の未来を考えてほしい。

文=いのうえゆきひろ