こだわるからこそ「出汁」を入れない中華料理。渾身の料理はどんな味?

マンガ・アニメ

2018/10/30

『あたりまえのぜひたく。 きくち家 渾身の料理は……。』(きくち正太/幻冬舎)

 漫画家には、食事や料理に凝る人が多いそうだ。確かに、漫画家は、画力やストーリー構成力だけでなく、「旺盛な好奇心」や「ハードな執筆に耐える体力と精神力」、そして「職人気質」を兼ね備えているイメージがある。そんな漫画家のハードワークを支えるのが食であり、好奇心旺盛な職人ともなると、それを自分でやってみたくなる、ということにつながるのだろう。

『あたりまえのぜひたく。 きくち家 渾身の料理は……。』(きくち正太/幻冬舎)は、これまで食にまつわるさまざまな漫画を描いてきた著者が、普段の生活の中で何をどう料理し、食べているのかがページを通して味わえる作品だ。シリーズとして、本稿で紹介する最新作が4巻目となる。

■中華料理なのに、出汁を入れなくてもいいの?

 本巻の冒頭で紹介されるのは麻婆豆腐。私たちにもおなじみの料理だ。材料や調味料は一般的なものに加え、山椒と花山椒(ホワジャオ)といったスパイスが登場する。ここで「なんだか敷居が高そうだな。作り方も難しいのかな…」と感じる人もいるかもしれないが、ご心配なく。これらのスパイスは、あらかじめ挽いてあるものを買ってくれば全然問題ないそうだ。

 作り方は、豚肉と生姜と豆板醤を炒め、調味料を入れる。そこに、温めておいた豆腐と、決め手の●●を入れて煮込み、水溶き片栗粉やスパイスなどを入れて完成、といたってシンプル。さて、●●とは何だろう? 普通の手順で考えると出汁、たとえば中華スープといったものの出番なのだろうが、きくち家では“白湯(さゆ)”を投入するのだという。出汁がなくて大丈夫なのだろうかと心配になるのは私だけではないはずだ。しかし、これが却って、それぞれの食材やスパイスたちの風味やうまみを、くっきりと感じさせてくれるのだという。

 本書では他にも、「あれ? これにも出汁を入れないの?」という料理が登場する。意外なその一品は、ぜひ本書で確認してみてほしい。

■こだわりを知った上で、自由に料理に向き合おう

 本書には、まるごと買った魚を自分で捌いて味わい尽くす料理の数々や、作者の地元である秋田の旬の味覚・根まがり竹を猪肉と煮込む野趣あふれる鍋料理、はたまた冷蔵庫のアリモノでさっと作る炒飯などが登場する。高難度なものからお手軽なものまで、さまざまな料理が、作者のこだわりとともに存分に紹介されている。描かれる料理はどれも質感の再現性が豊かで美しく、絵だけではなく、随所に登場するインパクトのある独特な筆文字も特徴的だ。登場人物たちのおいしそうな表情もあいまって、読めば食欲が刺激されるのは確実だろう。

 作者の料理に対するこだわりはとても深いが、こだわる部分はこだわり、手間をかけなくてもいいところは簡潔でシンプルに、とメリハリが利いている。随所で語られる、「切り方や盛り付け方はそれぞれ」「手作りが難しければ市販品でもOK」といったコメントにも、作者のやさしさが感じられる。読み手の私たちは、自分ができることから真似してみてもいいし、少し背伸びして良い食材を買い込んだら、作者のこだわりの世界観に近づこうとしてもいいだろう。それは自由だ。そうやってこの作品を読むことで、あなたの料理の世界が広がるのは間違いないのだから。

文=水野さちえ