縁切りの神様からギャンブル・浮気防止の神様まで…複雑怪奇な巨大都市“江戸東京”の信仰

文芸・カルチャー

2019/6/23

『江戸東京の庶民信仰(講談社学術文庫)』(長沢利明/講談社)

 人々は自身の力ではどうにもならない問題、願望に直面した時、何か人智を超えた力にすがりたくなるものだ。おそらくそれは今も昔も変わらない。そうしたある種世俗的な庶民の信仰の在り方を“江戸東京”という大都市に着目して蒐集し1冊にまとめたのが『江戸東京の庶民信仰(講談社学術文庫)』(長沢利明/講談社)である。

■江戸時代から続く「縁切りの神様」はどこにいる?

 本書では長沢氏が蒐集した江戸から東京まで残るさまざまな民間信仰の事例が紹介されている。その中でも、時代を経ても変わることのない人間の業の深さを感じさせるひとつが、都営三田線板橋本町駅からほど近くにある“縁切榎”と呼ばれる榎にまつわる信仰だろう。

 諸説あるそうだが、この信仰は江戸時代に流行していた民間信仰“富士講”の指導者である“食行身禄(じきぎょうみろく)”が富士山で入定するため享保18(1733)年6月10日、妻子と家業を捨てて本郷にあった自宅から出立。当時の板橋宿にあった大榎の下で追いすがる妻子に最後の別れを告げたという伝記に由来しているという。

 この榎は当初、別離の象徴として地元では忌避される存在だったそうである。だが、時を経るにつれ、木の持つ霊的な力が注目されるようになり、次第に“悪縁を断つために”人々が祈る対象となっていったという。

 縁切榎はその後、土地の所有権争いなどによって、何度も切られ、もう当初の場所には存在していない。だが、今でも人々からの信仰はあつく、4代目となった榎の前に置かれた祠には今でも悩みが書かれた祈願文が寄せられるという。

■巨大都市に次々に生み出される新たな信仰

 時代の変化、関東大震災、そして第二次世界大戦。さまざまな苦難を乗り越え、成長してきた大都市・江戸東京において、長く続く信仰が途絶えてしまったり、信仰の在り方が当初とはまったく違うものに姿を変えてしまったりすることも少なくない。

 こうした中で、大都市・江戸東京に集まる人々は、その飽くなき願望を満たすために時には信仰の歴史を読み替え、時には自らの望みにかなうように、新たな信仰を生み出すことすらしてきたのだと、著者は語る。

 人々はその想像力を駆使して、次々に新たな信仰の在り方を作り出していく。1996年に原本が刊行された本書だけでも以下の例をはじめ、合計70以上の多様な願望を満たす信仰の対象が紹介されている。

・神田神社(東京都千代田区)ギャンブル祈願
・亀ヶ池弁天(東京都北区赤羽)就職達成
・龍光不動尊(東京都中央区松屋銀座屋上)流行先取
・本性寺(東京都台東区清川)痔病平癒
・客人大権現(東京都葛飾区東四ツ木)性病平癒
・吉展地蔵尊(東京都荒川区南千住円通寺)誘拐防止
・酒呑地蔵尊(東京都渋谷区幡ヶ谷清岸寺)禁酒達成
・南蔵院縛られ地蔵尊(東京都葛飾区東水元)ギャンブル・浮気防止

 本書で紹介されるこうした江戸・東京の信仰の在り方は、ややもすれば複雑怪奇なものに映るかもしれない。だが我々は毎年クリスマスを祝い、1月1日になれば神社に参拝するし、各地にある著名なお寺には、その宗派でもないのに観光で訪れたりもする。受験生のお子さんがいる方は、学問の神様にすがりたくなる日もあるだろう。冷静に考えれば複雑で多様な“信仰”の上に、現代の我々の生活も成り立っているのだ。

 本書は江戸東京の庶民信仰の在り方を伝えてくれるだけでなく、こうした日常的に我々が触れている“信仰”とは何なのかという思索にもひとつのヒントを与えてくれるだろう。

 江戸時代から続く歴史がのこる神社仏閣を訪れてみるもよし、自身の信仰の在り方に思いをめぐらせるもよし、あるいは今悩んでいる事柄をこっそり神仏に打ち明けてみるもよし…本書を片手に庶民信仰の世界に足を踏み入れてみてはいかがだろうか。

文=柳羊