手塚治虫没後30年──時代を超えて胸に響く、漫画の神様が遺した「ことば」

マンガ・アニメ

2019/7/20

『手塚治虫99のことば』(手塚治虫:著、橋本一郎:編/双葉社)

「漫画の神様」として知られる手塚治虫先生が亡くなってから、2019年で30年となる。年号は「令和」に変わっても、手塚先生の遺した作品は色あせないし、そのメッセージは多くの人たちの道しるべとなりうる。だからこそ、次代の若者たちへ先生の「ことば」は語り継がなければならないだろう。『手塚治虫99のことば』(手塚治虫:著、橋本一郎:編/双葉社)は、手塚先生の遺した「ことば」から創作に対する考えかたや、その生きざまに至るまでを教えてくれる。

 手塚先生の漫画にはさまざまなテーマが込められているが、その中でも特に明確なものが以下の「ことば」にある。

「ただ一つ、これだけは断じて殺されても翻せない主義がある。それは戦争はご免だということだ。だから反戦テーマだけは描き続けたい。そういう点で裏切り者にはなりたくないのだ。」

 手塚先生は戦争を体験した世代であり、戦時中の苦労を描いた『紙の砦』など反戦の想いを込めた作品は数多い。現在の日本は憲法改正など何かと騒がしいが、だからこそ手塚先生の「ことば」は胸に刻んでおくべきだろう。

 こういった「反戦」など強いテーマが存在する一方で、手塚先生は意外な「ことば」も遺している。

「ぼくには『あしたのジョー』は描けないし、『巨人の星』も描けないんです。何を描いても、心から主人公の世界にのめりこむことができない、しらけたところがあるんですよ。」

『あしたのジョー』や『巨人の星』は、いずれもいわゆる「スポ根もの」と呼ばれる漫画である。よく手塚漫画にスポーツものがないという話題に遭遇するが、その答えがこの「ことば」にありそうだ。作者が主人公と同一化することで生まれる「熱さ」というものを、手塚先生は生み出せない自覚があったのである。逆にいえば客観的な、ある意味「神の視点」で描いていたからこそ、『火の鳥』のような壮大なテーマの作品が誕生したのではないだろうか。

 生涯を漫画に捧げた手塚先生だが、その晩年も創作に対する意欲は凄まじいものがあった。

「アイデアは、もう、売るほどあるというのに、その何分の一も形にできていない。おれは、もっと、もっと、仕事をしたいんだ。」

「隣へ行って、仕事をする。仕事をさせてくれ。」

 本書の編集・著述である橋本一郎氏が「手塚はマンガとして描けないものはない、いかなるものでもマンガに描写できる」と述べているが、死の床にあっても消えない創作意欲は、その証なのかもしれない。もしも手塚先生があと10年でも長生きしていたら、どれほどの作品が生まれていたのだろうか。だが、それはいうべきではあるまい。先生の遺志を受け継いだ漫画家たちが、その役割を果たしてくれるであろうから──。

文=木谷誠