大学デビューを果たした童貞男が出会うのは――!? 「世にも滑稽な童貞の黒歴史」に胸が痛む『童貞噺』。

マンガ

公開日:2019/10/19

『童貞噺』1巻(Gino0808/講談社)

「なんであの時あんなことをしたのだろう」。…思い出すと発狂したくなる「黒歴史」は、誰しもひとつやふたつ持っていると思う。特に恋愛に関する黒歴史は、割と本気で記憶から抹消したいものが多いのではないだろうか。恋は、人を盲目にする上、感情のコントロールがきかなくなる。他者からの冷静なアドバイスが身に染みるのは、ずっと後になってからという恐ろしい一面も持っている。だが、なぜなのだろう。誰かの黒歴史は、なかったことにするのが非常に勿体ないと感じるほど、多くの人の胸を揺さぶるのもまた事実なのである。

 Gino0808先生の『童貞噺』(講談社)は、大学デビューしたばかりの男の黒歴史を描いたマンガだ。物語は、高校生活を地味に過ごし、特筆すべき特技も趣味も恋愛経験もない「童貞」のタカヒロが、そんな自分にげんなりして、髪を金色に染めるシーンから幕を開ける。県外の短大に入学し、一人暮らしを開始したタカヒロだが、父親が入院しているため家の経済状況は芳しくなく、バイトも探していた。そんな中で迎えた入学式。周りは見事に女子学生ばかりで、肩身が狭くなった彼は、大学の図書室に出向く。そこで出会ったのは、華奢な肩幅に白い肌・憂いをおびた琥珀色の瞳の儚げな文学少女だった。彼女と目が合った瞬間、なぜか「いつかこの人を抱く事になるだろう」とごく自然に思ったタカヒロ。だが、以後彼を待ちうけていたのは、童貞には眩しすぎるほどの個性的な美女たちと、愛欲にまみれた刺激的な世界だった――。

 本書は、日がな一日ゲームか自慰行為しかやることがなく、モラトリアム真っ只中のタカヒロの人生が、大学デビューにより猛スピードで変化していく様子が描かれている。彼は、時給の良さに惹かれ、キャバクラでバイトを始めるのだが、そこで、「この世は金」だと言い放つ、刺青の男・大上に出会う。大上は、タカヒロに男女関係についての金言を吐き、危険な仕事に勧誘する。また、大学ではカメラサークルの部長を務めるホスト好きのグラマラスな美女・恵里子にもてあそばれ、その友人の、処女だが、危険な妄想が止まらない巨乳の詳子にも目をつけられる。

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 経験不足ゆえ、目の前の欲望に忠実で、相手の気持ちをまったく考えていないタカヒロは、数々の失態を演じる。だが、そんな彼がこれまで過ごしてきた鬱屈とした日々や、抱えている虚無感、止めることのできないあふれ出る情欲は、確かに自らも経験したことがあるもので、笑い飛ばすことができず、読後、呆然としてしまった。さらに本書は、タカヒロが“本好き”ということもあるせいか、時折挟まれる独白が、非常に文学的な味わいがあるのも注目だ。若い頃、太宰治に共感した覚えのある読者は、共鳴する部分があるかもしれない。

 タカヒロの黒歴史は、今後ますます荒ぶる予感がする。続きを読むのは少し怖い気もするが、「世にも滑稽な童貞の話」を、自らの黒歴史を思い出さないよう心の奥に秘めながら、覚悟を持って見届ける所存である。

文=さゆ