絶望しても「孤独」ではないと思える心温まる名言集。NHK〈ラジオ深夜便〉の人気コーナー、書籍化第2弾『絶望名言2』

文芸・カルチャー

公開日:2020/1/4

『NHKラジオ深夜便 絶望名言2』(頭木弘樹・NHK〈ラジオ深夜便〉制作班/飛鳥新社)

 どうしようもなく辛い状況に陥った時、「それはしんどかったね…」と、ただただ共感してくれる人の言葉に救われたことはないだろうか? 絶望的な事態を、無理に前向きに捉えて勇気づけるわけではなく、相手の心の痛みに思いを寄せ、共に悲しむ。そうされると、少し孤独が和らぎ、気持ちが落ち着いてくるから不思議である。

 NHK〈ラジオ深夜便〉の人気コーナー、古今東西の文学作品の中から、絶望に寄り添う言葉を紹介し、生きるヒントを探す、シリーズ『絶望名言』の書籍化第2弾『NHKラジオ深夜便 絶望名言2』(頭木弘樹・NHK〈ラジオ深夜便〉制作班/飛鳥新社)も、落ち込んだ人間にそっと寄り添うような優しさを持つ1冊だ。

 著者の頭木弘樹さんは、20歳の時に、難病・潰瘍性大腸炎を発症。13年間にわたる療養生活を送り、現在は文学紹介者として、悩み、苦しんだ時期に、心に沁み入った言葉を「絶望名言」と名付けて紹介している。本書は、アナウンサー・川野一宇さんとの掛け合いはもちろん、放送の内容を完全収録。さらに、姉妹番組の「絶望名言ミニ」の内容も加え、実に深みのある1冊となっている。

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 今回登場する文豪や芸術家は、中島敦、ベートーヴェン、向田邦子川端康成、ゴッホなど、誰しも一度は名前を聞いたことがある人物ばかり。その中でも、個人的に最も心に響いた、日本人初のノーベル文学賞作家・川端康成の絶望名言を紹介したい。

■好きな人に告白できなかった絶望に

 あなたは、大好きな人に思いを伝えられず、後悔したことはないだろうか? 何年も経ってから実は両思いだったことが判明して、切ない気持ちになった人もいるかもしれない。川端康成は、代表作の『雪国』の一節で、こんな言葉を残している。

なんとなく好きで、その時は好きだとも言わなかった人の方が、いつまでもなつかしいのね。忘れないのね。(『雪国』新潮文庫)

 これは、雪深い温泉の街にやってきた旅行者の島村という男性に、芸者の駒子が語った言葉。著者の頭木さんは、「今は、人を好きになったら、言わないままでいるよりは、ちゃんと告白して、たとえ振られても、気持ちを伝えたほうがいい、という考えの人が多いんじゃないでしょうか」と問いかける。そして、それはひとつの真実かもしれないが、「好きだけど言わなかった」というのは、勇気がないだけだとしても、やはりそれなりの味があるのでは? と考えるのだ。不倫を我慢したり、会社の上司を殴りたいけど抑えたり、人生のほとんどは、辛抱したり、やらなかったり、言わなかったりしたことで、大半できているんじゃないかとも思う…という著者の考察に、何だか過去の断ち切れない思いが浄化された気持ちになった。「あえてしない」ことを、美しく、前向きに捉えられる名言である。

■「自殺はよくない」と言っておいて自殺

 他にも、川端康成は、随筆「末期の眼」の一節で、

いかに現世を厭離するとも、自殺はさとりの姿ではない。いかに徳行高くとも、自殺者は大聖の域に遠い。(「末期の眼」『川端康成随筆集』岩波文庫)

と、「自殺はよくない」といったことを断言している。だが彼は、原因は不明だが、72歳でガス自殺をしている。頭木さんは、自殺は川端康成自身にとっても意外だったのかもしれない、と言ったあと、人間は、自分はそんなことしないと思っていても、思いがけないことをしてしまう「人間らしい一貫性のなさ」があることを指摘する。

「いつか思いがけないことをしてしまうかもしれないっていう一種のおびえみたいなものは、やっぱり持っていたほうがいいんじゃないかなと思いますね」(p.206)

 という一言に、一貫性を完璧に保つことができない人間の弱さと、矛盾を抱えているからこそ、人間が愛しく思えることがある事実にも気づかされ、不思議と優しい気持ちになった。

 本書では他にも、驚くほど苦難の連続の人生に苦しみながらも、数々の名曲を生みだしたベートーヴェンの名言や、「貧乏はするもんじゃありません。味わうものですな」と語った落語家の古今亭志ん生の名言などが紹介されている。

 本書を読んでいると、遠い存在だと思っていた文豪たちが、頭木さんの人生経験を伴った心に沁みる解説のおかげで、身近で愛おしい存在に思えてくる。絶望の真っ只中にいる時、ポジティブな言葉は、なかなか心に届きにくい。そんな時、失意に陥っているのは決して自分だけではないのだと思い出せたら幾分救われるかもしれない。

「絶望」という言葉とは裏腹に、涙がでるほど心が温かくなる1冊である。

文=さゆ