「災いの子」と呼ばれた少女と反逆者として命を狙われる若き王が織りなす、古代日本ファンタジー小説

文芸・カルチャー

公開日:2020/1/20

『雲神様の箱』(円堂豆子/KADOKAWA)

 第4回カクヨムWeb小説コンテストでキャラクター文芸部門特別賞を受賞した『雲神様の箱』(円堂豆子/KADOKAWA)は、古墳時代の日本を舞台にしたファンタジー。カクヨムにも「五感を刺激する臨場感!」「謎多き古代史の隙間を埋めるような、意欲的な想像世界」とその世界観のつくりこみに称賛の声が寄せられているが、そのひとつが主人公の造形だ。

 大地の神の末裔とも呼ばれ、淡海の霊山に住む土雲の一族。謎多き幻の一族に生まれた少女・セイレンがこの物語の主人公。忌み嫌われる“双子”の妹として生まれてきたばっかりに、本来ならば一族を統べる土雲媛(つちぐもひめ)の跡継ぎとして丁重に扱われるはずが、その特権は同じ顔をした双子の姉・石媛(いしひめ)だけのもの。セイレンは“災いの子”として差別的な扱いを受けている。さらに、石媛が失くした大切な宝珠を盗んだ疑いをかけられ、毒のまわる湖に沈めて殺されそうになっただけでなく、助けられたかと思えば地上からやってきた男たちの守り人として、これまた石媛のかわりに働きに出ろと言われる。

 セイレンの命のあまりの軽さが、あっけらかんと描かれることに、しょっぱなから驚きが隠せないが、だからこそ、生きていていいと価値を見出してもらうため誰より能力を磨くしかなかった彼女の孤独がいっそう浮かび上がる。「私も山をおりたかった」という無神経な石媛のものいいに「私はおりたいなんて考えたこともなかった、ただ普通に人間として扱われたかっただけだ!」と爆発させる彼女の怒りがまた切ない。

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 やぶれかぶれで地上におりたセイレンは、雄日子(おひこ)というあたり一帯を統べる男に仕えることとなる。もともと殺されるはずだった命、死にたいなんて思ってはいないが、いつどうなったってかまわないという開き直りは、彼女の特異性を際立たせ、人々のなかでたいそう、浮く。石媛とは別人とバレて殴られ、従う気がなさそうだと判断されれば不可思議な呪術をかけられ苦しめられ、ここでもふんだりけったりのセイレンには同情するしかないが、ただその身を嘆くのではなく、才覚で道を切り開いていくのが彼女の魅力。身につけた武術、そして一族に秘伝された技で雄日子の守り人としてここでもまた価値を見出される。

 望んだ境遇でなくとも、出ていけと言われるのと、ここにいてほしいと言われるのとでは全然違う、とセイレンは思う。利用されているだけだとしても、生まれて初めて人に必要とされたセイレンは、その身を役立てようと雄日子を守る。朝廷の反逆人とみなされ、本来なら次の大王であってもおかしくないのに、命を狙われ続ける雄日子を。

 土雲の一族をそばに置くことが悲願だったという、この雄日子がくせもので、ともに過ごすうちセイレンは「彼を信じていいのか」と揺らぎ続ける。心から信じかけたセイレンが、彼のために「雲神様の箱」の秘密まで明かしたのに、彼が隠し続けていた嘘。セイレンの選ぶべき本当の道とは――。

 次々と展開する物語に、ひとたび読みはじめるとページを閉じる余裕もなく、一気読みすること間違いなしの壮大なファンタジーである。

文=立花もも