青い海の底にたたずむ酒場「バー・オクトパス」に行きたくなる! 竜宮城のような至福の空間をスケラッコが描く

マンガ

公開日:2020/9/26

バー・オクトパス
『バー・オクトパス』(スケラッコ/竹書房)

 静かな青い夜。色とりどりの海藻やサンゴの奥にあるのは、小さなバー。カウンターには人魚姫。周囲の水は澄んでいて、店内からは海の中が遠くまで見渡せる……。

バー・オクトパス
海底に潜むバー。竜宮城のよう……!

 マンガ『バー・オクトパス』(スケラッコ/竹書房)で描かれるのは、そんなおだやかな夢のような世界だ。タイトルの通り、バーのマスターはタコ(オクトパス)で、2本の腕で器用に編み物をしながら、他の2本の手でグラスを拭いていたりする。

バー・オクトパス
マスターはお酒を作るときも腕を3本、4本とニョロニョロ動かす。その様子を見ているだけで楽しい。

 ハイボールを注文されて、4本の腕で器用にお酒を作るマスター。それを飲みながら人魚姫は、昼間に会社でエイの先輩が「ここ、あったかいんだよね」とコピー機の上で寝ていたことを話す……。

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バー・オクトパス
エイセンパイ。こんな先輩が会社にいたらかわいすぎる……!

 このマンガの世界は、淡い光が差し込む凪の海のようにおだやかで、まさに平和そのもの。その物語を読む多幸感は、たとえるならサウナ→水風呂のあとの外気浴で“ととのっている”ときの感覚に近いものだ。

 ここまで紹介してきたのは、第1話の冒頭4ページほどのあらすじなのだが、この時点で「このマンガ、めちゃくちゃいい……!」と心が持っていかれてしまったのだった。

バー・オクトパス
聞いたことのあるカクテルがどう作られているのかもしっかり描かれており、読むとお酒にも詳しくなれる。タコの足のようにくねくねした手書きの文字もいい。

海の生き物の特性が生きたキャラクターがどれも魅力的

 そして『バー・オクトパス』は、海の生き物をモチーフにしたキャラクターが個性豊かで、みんなかわいい。自ら灯した光で本を読むチョウチンアンコウ。目が小さくて寝ているのか起きているのか分からないズワイガニ。店を神秘的な雰囲気に染め上げた発光するクラゲ……。生き物たちが作り出すお店の情景は、竜宮城のように華やかで神秘的だ。

バー・オクトパス
それぞれの生き物の特性を生かしたキャラクターたち。丸くやわらかな描線も魅力的。

 筆者のお気に入りは、人魚姫の後輩のハリーちゃん(ハリセンボン)。丸っこく、感情の読めないつぶらな瞳が何ともキュートなのだが、バーでチンアナゴに出会ったときは驚きで全身から針を立たせて気絶。マスターお手製のマフラーに包まれた姿がたまらない。

バー・オクトパス
「今のままでいいじゃない」と人を肯定してくれる優しさが、このマンガには溢れている。

 このマンガは、ハリーちゃんをくるんだマフラーのように、読者の心の尖った感情をやわらかく包み込んでくれる。海の底に密かに佇むバー……という舞台はまさに夢か幻のようで、「こんなお店が自分の身近にあったらいいのに~」と幸せな夢想に浸ってしまうのだった。

文=古澤誠一郎