読後に残るのはヒリヒリとしたいたたまれなさ? SNSに翻弄された人の末路を描く話題作が文庫に

文芸・カルチャー

更新日:2021/6/24

本日発売の「文庫本」の内容をいち早く紹介!
サイズが小さいので移動などの持ち運びにも便利で、値段も手ごろに入手できるのが文庫本の魅力。読み逃していた“人気作品”を楽しむことができる、貴重なチャンスをお見逃しなく。

《以下のレビューは単行本刊行時(2018年8月)の紹介です》

『静かに、ねぇ、静かに』(本谷有希子/講談社)

 なんてヒリヒリとした“いや”な作品を描くのだろう、と思った。『静かに、ねぇ、静かに』(本谷有希子/講談社)。SNSをテーマにした3つの短編集である。

 1編めの「本当の旅」は冒頭からしていけすかない。LCC便でクアラルンプールに向かう男女3人。チェックインカウンターでは荷重調整に手間取り人を待たせて当然の顔をしているし、フードコートの店員には横柄。何かあればすぐ動画をとり、加工してインスタにアップし「感謝」とつづる。お金に縛られるのは人間だけだ、仕事している時点でクリエイションに欠けた無能者なのだと嘲笑う。本当はわかっているのだ。自分たちがしているのが“本当の旅”でも感謝と感動に満ちた生活でもないことは。だけど深く考えれば待つのは絶望しかない。しかも二十代の夢追い人かと思いきや、しだいに収入のほとんどない中年男女だとわかってくるから、そのありさまはよけいにグロテスクである。

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 いったい著者はこの3人を通じて何を描こうとしているのだ。まさか旅を通じて心機一転、ちゃんと働こうと決意を新たにする――なんてことが起きるはずがない。だって著者はあの本谷有希子氏で、文章からはこれほどの不穏さが漂っているのだぞ。と思っていると、物語は想像以上に残酷なところで終わりを告げる。正直、なんだこいつらくそむかつくな、と思いながら読み進めたことを後悔した。彼らが正しいわけじゃない。たぶん彼らへの嫌悪も間違っていない。だけど善悪や正誤ではわりきれない居心地の悪さだけが残される。おもしろいと思ってしまったことも含めて、本当にいやな話である。

 残る2編も同じ。読後のいたたまれなさがぬぐえない。さして親しくもない同僚のキャンピングカー旅行に同行することを決めた夫と、つきあわされる妻を描いた「奥さん、犬は大丈夫だよね?」。タイトルからして、不穏だ。どうやって寝ればいいかわからないほど狭い車内に、ぬるすぎて息を呑むほどまずいコーヒー。倹約家という同僚夫婦が連れてきた白い犬のせいで、買ったばかりのニットには白い毛ばかりがつく。想像するだけでうんざりするし、なんの意図で夫が旅行を計画したかわからないだけに不気味だ。だが、妻のネットショッピング依存症のせいだとわかってからは、一転、妻のほうが不気味に映りだす。ラスト、もしかしてあれがそうだったのか、とわかった瞬間、描写を読みなおすほどにぞっとする。

「でぶのハッピーバースデー」は、そろって無職になった夫婦の物語だが、著者の芥川賞受賞作『異類婚姻譚』を思い出した。「自分たちには“印”があるせいでいつまでたっても不幸なのだ」と主張する夫に対し、妻は仕事を見つけることで不幸の循環から抜け出そうとする。一見、健全な回復を思わせるがどこまでいっても夫婦はいびつだ。だが、なぜか彼らが誰より幸せそうに見えるから不思議である。よくよく考えれば身につまされる話だし、ホラーのようなテイストもあるのになぜかいい話のような気がしてしまう。それが怖い。そして3編とも、読めばいたたまれなくなるだけなのに、何度も繰り返し読んでしまう自分がいちばん怖いのである。

文=立花もも