上手くいかないのは自分だけではなかった!『ボクたちはみんな大人になれなかった』燃え殻氏のトホホ…な日常エッセイ

文芸・カルチャー

更新日:2022/5/31

それでも日々はつづくから
それでも日々はつづくから』(燃え殻/新潮社)

 日常は上手くいかないことの連続。どうしてこんなに思うようにいかないのかと呆れるばかりだ。自分勝手な人に振り回されることも多いし、自分のタイミングの悪さ、ダメさ具合に苦笑することも。やるせない出来事は数珠つなぎに過去の記憶を呼び起こして、妙に切なくなってしまうこともあれば、叫び出したいような気分にかられることもある。だが、どんなことがあっても、それでも日々は続いていくのだ。

 そんなどこまでも続く毎日に疲れを感じている人に読んでほしいのが、『それでも日々はつづくから』(燃え殻/新潮社)。今注目の書き手・燃え殻さんによるエッセイ集だ。燃え殻さんといえば、小説家デビュー作『ボクたちはみんな大人になれなかった』がベストセラーとなり、森山未來さん&伊藤沙莉さんの主演でNetflixで映画化されたことで知られる人物。彼がこのエッセイで描くのは、何気ない日常の一コマと、突然思い出された過去の記憶。読むと、いい具合に肩の力が抜けてくる作品だ。

 約束の時間から大幅に遅れても決して謝らないミュージシャン。「一度だけ俺が社長に食ってかかったとき、なんて言ったと思う?」というような「俺しか答えを知らないクイズ」を出してくる知り合い。「俺さ、井上陽水と飯食ったことあるんだよ」と、脈絡もなく自慢をしてくるマウントおじさん。満室のスターバックスで大声で社外秘の内容のリモート会議をする男性客…。

advertisement

 燃え殻さんの描くエッセイには、自分勝手な人がたくさん登場する。そんな人たちに対して、燃え殻さんは何をすることもできない。心の中ではあれこれとツッコミを入れているのに、実際には気のいい返事をしてしまうことだってある。そんなやるせない出来事を、燃え殻さんはただひたすら、肯定も否定もせずに淡々と綴っていく。

 洋食店で全然注文が来ず、店員から冷遇されても、文句ひとつ言えないし、「袋、いりますか?」と聞かれれば、どんな状態でも反射的に「あ、大丈夫です」と答えてしまう。そんな気弱な燃え殻さんの姿に、クスッと笑わずにはいられない。

 加えて、燃え殻さんの人間性も私たちを惹きつける理由だろう。新しいメガネを作っても取りに行くまでに半年かかってしまうし、美女と焼肉の約束をしてもそれをすっかり忘れてしまう。約束は直前になると面倒になるし、恋人ではなかったが、友達にしてはお互い色々なことを知りすぎてしまった相手に、心にもないのに「好きだよ」と口走ってしまったりする。そんな燃え殻さんのダメ具合が愛おしく、気づけば、彼の語りに魅了されている自分がいる。

 これを読んでいるあなたも、人にまみれて生きている日々だと思う。決定的な出来事は、そんなに起きないけれど、日々少しずつ摩耗して、「どっちかっていうと消えたい」くらいの傷だらけで生きているのではないでしょうか。そんなことないですか。僕はそんなことがあります。

 3年半付き合った彼女と、いつも通りモーニングを食べて、さよならをした目黒川沿いのカフェ。自信満々だったのに、結局あまり喜ばれなかった差し入れのお菓子。コロナ禍で淘汰されていく、まーまーの味の店。全然人が集まらなかったスカスカのトークイベント…。

 燃え殻さんの書く文章には、面白さと切なさが同居している。そして、その文章は「上手くいかない日々を過ごしているのは自分だけではないのだ」という当たり前の事実にも気づかせてくれる。なんだか気持ちがラクになってくる。続いていく日々と向き合う元気をもらえるようなこのエッセイを、ぜひ手に取ってみてほしい。

文=アサトーミナミ

あわせて読みたい