過酷な話に涙したら、相手は語りづらくなる/悪魔の傾聴④

ビジネス

公開日:2022/10/16

『東京貧困女子。 彼女たちはなぜ躓いたのか』(東洋経済新報社)や、2度も劇場映画化された「名前のない女たち」シリーズ(宝島社)など、長年、AV女優や風俗、介護に関する社会問題を取材している、ノンフィクションライターの中村淳彦氏。3000人超を取材してきたインタビューのプロが、ついに明かす「悪魔の傾聴テクニック」が1冊に。『悪魔の傾聴 会話も人間関係も思いのままに操る』(飛鳥新社)の中から、本音を知りたい相手に使えるテクニックを、全5回でお届けします。

悪魔の傾聴
悪魔の傾聴』(中村淳彦/飛鳥新社)

相手が自殺未遂の体験を語りだした

【NG】 涙を流して哀しい人生に同情する

【OK】 相づちを打ちながら冷静に聞き続ける

 拙著『東京貧困女子。』のプロモーション時に特設サイトをつくりました。そこで筆者の悪魔の傾聴に何度も同席している女性編集者がコメントを寄せています。

【彼女たちの話を聞いたあとは、ぐったりしてしまうことが多く、帰りの電車を待つホームでは、ため息しか出ません。
 中村さんがすごいのは、つい涙してしまったり、言葉を荒らげてしまう私とは違い、常に淡々とした姿勢を崩さないところです。でも、まっすぐ帰る気分になれないのはきっと同じ―。「一杯飲んで帰ろうか」と、どちらからともなく言いだして、新宿や池袋で途中下車する私たちでした。】

 たいして気にしていなかったのですが、確かに同行する女性編集者はまれに涙したり、声を荒らげたりしていました。

 おそらく相手に対する同情だったり、自らの常識では考えられない事態に心が揺れたのでしょうか。女性編集者は、貧困女性たちの語る過酷な話が、自分の受容力を超えて、涙してしまったことになります。

 聞き手が涙したことでさらに相手の語りに拍車がかかる可能性も否めませんが、聞き手に申し訳ないと気を遣って、語りを制御してしまう可能性が高いです。

 過酷な話の場面では、適当に相づちを打ちながら、冷静に聞き続けるのが正解です。

 女性編集者が涙してしまったのは、明らかな受容力不足です。

 

聞き手の主観を入れてはいけない理由

 涙しないためには、受容力を高めていくしかありません。

 彼女が涙したのは、たしか無料低額宿泊所(生活困窮者のための福祉的宿泊施設)で暮らす45歳女性の語りを聞いていたときでした。

 地方都市の駅前で待ち合わせて、3人でカラオケボックスに入りました。

 そうすると45歳女性は窓の外を指さし、「今年のお正月が明けた1月10日前後だったかな。私、あそこで自殺(未遂)しました。真剣に死のうと思って、女性トイレで服毒しました」と言いだしたのです。

 このような深刻な語りがでてきたとき、まずやってはいけないのは聞き手が喜怒哀楽の感情を見せてしまうことです。

 そのときの45歳女性の言葉を使って、シミュレーションしてみることにします。ちなみに、女性編集者が実際にこのような返答をしたわけではありません。

【誤】
45歳女性「私、あそこで自殺(未遂)しました。真剣に死のうと思って、女性トイレで服毒しました」
聞き手「…………え、(絶句)……そんな哀しいこと

 聞き手が重い言葉を受け止めきれなくなり、思わず「哀」の感情をだしてしまいました。相手は実際あったことを伝えているだけで、聞き手を哀しませるために語っているわけではありません。

 このような反応をすると、相手は語りづらくなります。

 ここでの正解は、冷静な気持ちを保ちながらピックアップ・クエスチョンで返すことです。

【正】
45歳女性「私、あそこで自殺(未遂)しました。真剣に死のうと思って、女性トイレで服毒しました」
聞き手「えっ、あそこってどこですか?

 自殺未遂の突然のカミングアウトは、誰でも驚きます。衝撃的な言葉を受けてそのまま驚き、どこでなにがあったのかを聞いていきます。

 この段階では彼女がどうして自殺未遂したのか、本人は生きていてよかったのか、まだ死にたいのか、わかりません。きわめて重要な語りがはじまる直前なので、絶対に聞き手の主観を入れてはいけない場面です。

 このような突発的に過酷な語りがはじまる場面は、聞き手が日々心の調整をしているかが、もっとも問われる場面です。

【誤】の「哀しいこと」という捉え方は聞き手の感情であり、それを相手に見せてしまうと、自分の話をしているのと変わらない状態になってしまいます。

【誤】の会話を見れば明白ですが、相手は聞き手の受容力の範囲内でしか語ることはありません。会話は話し手と聞き手の情報交換であり、聞き手の理解の範疇でしか情報交換は成立しないからです。

 たとえば聞き手の受容力が100分の30だった場合、話し手の語りは30まで語って終わることになります。100の語りが目の前にあるのに、聞き手の受容力不足で聞くことができないのはもったいないです。

 聞き手は受容力をつけることを意識し、もっと聞ける自分になるために、自分自身に日々鞭を打ち続ける必要があるのです。

POINT 自分の「受容力」を超えた話は聞くことができない

<第5回に続く>

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