古本に挟まれていた、著者の訃報を知らせる4枚の記事。栞には多すぎる、付箋にしては重すぎる…?/名探偵のままでいて⑥

文芸・カルチャー

公開日:2023/2/4

 楓の心臓が早鐘を打った。

 祖父は昔から、仮説のことを〝物語〟と表現する。

 今、本当に帰ってきた。

 あの祖父が。

「わたしの考えた物語はこうよ」

 楓は努めて平静を装いながら、考えに考えてきた仮説を話す。

「物語、一。『訃報記事を挟み込んだのは、本の元所有者である。彼、あるいは彼女は、自分以外の瀬戸川氏のファンにも、瀬戸川氏が亡くなった虚無感を共有したいがために、あえて記事を本の中に入れたのだ』」

 祖父の様子を窺うと、我が意を得たように頷いている。

 相変わらず祖父の前で物語を話すのは緊張を強いられる。

 けれど――

(けれど、嬉しい)

「えっと、物語、二」

 我に返って楓は続けた。

「『訃報記事を挟み込んだのは、中古本の書店関係者である。彼、あるいは彼女は、瀬戸川氏のファンだった。そこへ何十年ぶりかに、瀬戸川氏の絶版本の注文がきた。嬉しくなった彼、あるいは彼女は、見知らぬ同好の士――つまりわたし――のために、いわばプレゼントのつもりで、記事を本の中に入れたのだ』」

 知的な昂奮のせいか、喉が渇く。

「どうかな。わたしが考えた物語は、このふたつなんだけど」

 祖父は答えた。

「うむ、悪くはないね。それぞれいちおう筋が通っているし、牽強付会(けんきょうふかい)とまではいえない。だがどちらも、大きな矛盾がある」

「そっか」

 楓は唇を嚙んだ。

「いいかね、まず物語一の矛盾点はこうだ。訃報記事を持っているほどの瀬戸川先輩のファンが、果たして愛着のある本を売るだろうか? ましてやこの本は、瀬戸川氏の遺作なのだ。普通の感覚の持ち主ならば、記事と一緒に自身の蔵書として大切にとっておくはずだ」

 楓は首を縦に振るしかない。

「そうね。本好きの心理からすると、納得しがたいかも」

「物語二は、物語一よりも気持ちはいい。だがやはり矛盾は否めない。もしも書店関係者が善意から訃報記事を挟み込んだのならば……なぜ一筆だけでも添えなかったのだろうか? 記事を丁寧に挟み込むほどの手間をかけたのなら、『同好の士として大変嬉しく思いました。ついては勝手ながら瀬戸川氏の逝去を伝えた記事を追悼の意を込めてプレゼントさせていただきます』くらいのことは書いてもいいじゃないか。なぜ、彼、あるいは彼女は、それほどのわずかばかりの労を惜しんだのだろうか? 要するに」

 祖父は、ずばりといった。

「物語一も物語二も、ストーリーが根本的に破綻しているということだ。これ以外の物語Xが存在するのだ」

<第7回に続く>

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