Vチューバ―の声が昔の友達に似ていて… うっかり友人の本名を書き込んでしまった/名著奇変(山月奇譚)②

文芸・カルチャー

公開日:2023/6/16

名著奇変』(柊サナカ、奥野じゅん、相川英輔、明良悠生、大林利江子、山口優/飛鳥新社)第2回【全8回】

日本文学の名作を若手実力派作家たちがリメイクした、短編ホラーミステリ集『名著奇変』(柊サナカ、奥野じゅん、相川英輔、明良悠生、大林利江子、山口優/飛鳥新社)。ベストセラーのDNAを存分に活かしながら、現代の小説家が極上のミステリーに生まれ変わらせました。その中から、中島敦『山月記』をベースにした『山月奇譚』(山口優:著)をご紹介。じわじわと追い詰められていくような感覚に陥る現代ホラーをお楽しみください。

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名著奇変
『名著奇変』(柊サナカ、奥野じゅん、相川英輔、明良悠生、大林利江子、山口優/飛鳥新社)

 まだ肌寒い季節だった。

 貧乏学生だった『私』は、エアコンの電気代を節約するため、毛布にくるまってぼんやりとネットサーフィンをしていた。

 既に卒論は書き終え、入社予定のA出版社から出された内定者課題(若い読者層を開拓するための新しい企画を提案せよ、というものだった)について、根を詰めて取り組んでいるところであった。

 漸く企画の形が見え始めたところで、私は何気なしに動画サイトYouTubeを開いた。流石に気疲れし、息抜きが必要だと感じたのだ。

『新人トラミミVチューバー RI☆CHO初配信! ファンネームとイラストタグ決めるよ! 来てね!』

 そんな動画のサムネイルが目に入った。黄色と黒のしましまのケモミミをつけた美少女が画面の右下から「がおー」と言いつつ顔を出している。

「トラミミかあ……面白いな。でもRI☆CHOってなんだ? 真ん中に☆なんてセンスが十年は古いぞ?」

 私は軽く突っ込みを入れながらその動画を開いた。

 ちょうど、配信が始まったところであった。

「こんばんトラ! たくさん来てくれて嬉しいトラー!」

(語尾がトラかよwww)

(せめて「がおー」とかにしろ。ネコミミのやつの語尾が「ネコ」っていうようなものだぞ)

(かわいい)

(初カキコです)

(みんなそうだろ)

 どっとコメントが流れ出す。

 当時はVチューバーといえば3Dだった。このRI☆CHOも3Dアバターだったが、ぬるぬるとよく動き、背景も作り込んであった。

 アバターは、バニーガールの虎版というイメージであった。虎の耳に蛍光オレンジの髪、虎縞の柄のバニースーツと黒の蝶ネクタイ。ぬるぬる動くだけでなく揺れるところも揺れる。相当に高い技術力のアバターであった。

 更に背景も凝っており、まるで李白か杜甫の詩に出てきそうな唐代の中国風の戯画化された山野であった。

 渦巻きの雲、尖った山、そしてその手前の森の中の広場に、RI☆CHOがいる。

「みんな沢山のコメントありがとうトラ! この語尾はRI☆CHOの個性なので許してほしいトラ! タイガーにする案もあったけど流石に長すぎるのでトラにしたトラ」

(そもそもなんでトラミミ?)

(長くてもいいからタイガーにしろ)

(アバター自作? 誰かに作ってもらったの?)

「トラなのはRI☆CHOの中の人が寅年生まれだからトラ! あ、違うトラ。中の人なんていないトラ。RI☆CHOはバーチャル世界の山奥で生まれた生粋のトラミミ美少女で、年齢は三歳トラ。人喰いトラなのトラ! 怖いのトラ〜!」

 早口で言い訳じみたことを言い出す。ついでに人喰いトラなどと物騒なことも。だが、その声は、よく通る、はきはきした活気がある声で、愛らしい柔らかさもあった。

 待てよ、と私は考える。その声にはどうにも聞き覚えがあったのだ。そう、高校時代の同級生、泰賀李徴子の声に。

「その声は、我が友、李徴子ではないか?」

 そう、思わず書き込んでしまったことを私は今でも後悔している。コメントの流れが速く気付かれないのではないかと思った。驚きが大きく反射的に書き込んでしまったのだ。

 私は見た。トラミミ美少女アバターが目を見開いた様を。

 黄色地に黒の光彩が入ったその瞳が、まじまじとこちらを見ているような気がした。

<第2回に続く>

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