「書き込みをしたのはあなたトラ?@八王子」突然送られてきたメッセージ。奇妙な文章に恐怖を感じ…/名著奇変(山月奇譚)③

文芸・カルチャー

公開日:2023/6/17

名著奇変』(柊サナカ、奥野じゅん、相川英輔、明良悠生、大林利江子、山口優/飛鳥新社)第3回【全8回】

日本文学の名作を若手実力派作家たちがリメイクした、短編ホラーミステリ集『名著奇変』(柊サナカ、奥野じゅん、相川英輔、明良悠生、大林利江子、山口優/飛鳥新社)。ベストセラーのDNAを存分に活かしながら、現代の小説家が極上のミステリーに生まれ変わらせました。その中から、中島敦『山月記』をベースにした『山月奇譚』(山口優:著)をご紹介。じわじわと追い詰められていくような感覚に陥る現代ホラーをお楽しみください。

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名著奇変
『名著奇変』(柊サナカ、奥野じゅん、相川英輔、明良悠生、大林利江子、山口優/飛鳥新社)

「あれ? 配信環境が悪いトラ! ごめんトラ! 今日はご挨拶だけで、明日同じ時間にもう一度配信やり直すトラ!」

 RI☆CHOは急に早口で言った。そして、配信が突然、ぷつんと切れた。

(おいおい、しっかりしろよ)

(気にしないでー)

(明日の同じ時間ね、楽しみにしてる!)

(おつかれトラ)

(おつかれトラ)

(さよならトラ)

 コメントが流れていく。

 それから数分経ったころか。

 急に、私のスマホが振動した。

 とりあげてみると、LINEに一件、メッセージが入っている。

 その名は、泰賀李徴子。

「書き込みをしたのはあなたトラ?@八王子」

 ぞくっとした。

 そういえば私のYouTubeのアカウント名は、Googleアカウントと連動していたから、私の本名だったのだ。それで書き込んだから、李徴子の名前を明かした人間の名前は李徴子には明確に分かったことになる。

「ごめん! 本名を言ってしまうつもりはなかった。あの配信動画は削除すればいいと思う……」

「もう遅いトラ。誰が見ているか分からないトラ。それにサナが知ってしまったのは確かトラ。RI☆CHOはバーチャルで新しい人生を歩むことにしたトラ。全てを捨てて挑戦しているトラ。過去を知っている人間は要らないトラ@日野」

 怖い。

 何が怖いって、配信が終わったのに「トラ」という語尾を維持している点が怖い。@の後に自分が今いる位置? をわざわざ書いてくるところが、意味不明で怖い。

「全てを捨ててって、どういう意味」

 四年前、李徴子は最難関大学に入学した、はずだ。それ以来音沙汰無しだったが、学生生活が忙しいのだと思っていた。ちょうど今の時期、私と同じく卒業を間近に控えているはずだ。

 全てを捨てるとはどういう意味なのか。Vチューバーをやるとしても、それも仕事だろう。何を捨てるというのか。

「李徴子は大学に馴染めなかったトラ……。大学の勉強は面白かったけど、人間関係はつまらなかったトラ……。高校時代が懐かしかったトラ……@立川」

 李徴子らしい、と私は思ってしまった。

 李徴子はいつも静かに勉強している印象が強く残っていた。李徴子にとっては、大学はもっと勉強しに行く場所で、それ以外の人間関係はうざったかったのだろう。

 私も李徴子の友人であっただけあって、静かに本を読んでいることが好きなタイプの人間である。しかし私には同時に緩いところがあって、適当に他人に合わせていくこともできた。

 それができない李徴子の性質では、クラス内で孤高の存在を保っていれば良い高校時代の狭い人間関係から、否応なく広く多様になる大学の人間関係はつらかったろう。

「どうせ人間関係がつまらないなら趣味の小説でも書いておこうと思って書いてきたトラ。でも自分で納得できる小説はついにできず……気付いたらみんなインターンに行っていたトラ。そんなこと誰も教えてくれなかったし、完全に出遅れたトラ」

 私にとって李徴子は特に付き合いづらい性格の人間ではなかった。だがそれは、彼女と濃密な時間を過ごすことができて初めて分かることで、新しい人間関係の中では皆が付き合いづらいと思ったに違いない。

<第3回に続く>

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