小説を書くことに挫折、就活にも出遅れた。才能があるのに、精神が不安定になってしまった友人は…/名著奇変(山月奇譚)④

文芸・カルチャー

公開日:2023/6/18

名著奇変』(柊サナカ、奥野じゅん、相川英輔、明良悠生、大林利江子、山口優/飛鳥新社)第4回【全8回】

日本文学の名作を若手実力派作家たちがリメイクした、短編ホラーミステリ集『名著奇変』(柊サナカ、奥野じゅん、相川英輔、明良悠生、大林利江子、山口優/飛鳥新社)。ベストセラーのDNAを存分に活かしながら、現代の小説家が極上のミステリーに生まれ変わらせました。その中から、中島敦『山月記』をベースにした『山月奇譚』(山口優:著)をご紹介。じわじわと追い詰められていくような感覚に陥る現代ホラーをお楽しみください。

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名著奇変
『名著奇変』(柊サナカ、奥野じゅん、相川英輔、明良悠生、大林利江子、山口優/飛鳥新社)

「小説……書いてたんだ」

 私も李徴子も、昔から本を読むことが好きだった。それが高じて高校時代から、いろいろと自分達で小説を書いては読み合っていたが、李徴子は大学になってからもそれを続けていたようだ。

「全然知らなかった」

 私はそうLINEでメッセージを送った。

「知らなくていいトラ。どうせ良いものは書けなかったトラ。しょうがないから就職するしかないと思った時には完全に出遅れていて、だんだん心が不安定になってメンタルクリニックに通い始めたトラ@西国分寺」

「―そうだったの。つらかったわね」

 私はそう返信した。

 だが私には李徴子が本当に良いものが書けなかったのか、疑問であった。李徴子は私などより遥かに才能があった。小説賞に応募はしたのだろうか?

 いや。

 李徴子は、良い言い方をするなら完璧主義者、悪い言い方をするなら他人の評価を恐れる風なところがあった。

 高校時代にも、気を許している私以外には一切小説を見せていないと言った。

「君とは小説仲間だから。でももっと他の人に見せるには、私はまだまだ未熟すぎる。そのうちうまく書けるとは思うけど」

 いつもそう言っていた。

 李徴子も私も、自他共に認めるおとなしい性格だ。だが、李徴子は、私よりも如才なさが足りず、狷介な性格という印象があった。私は、李徴子と衝突しない性格ということで、傍にいて落ち着ける、便利な人間だったのかも知れない。

 その私とも没交渉にしてしまったのだから、大学時代の李徴子は誰にも小説を見せなかったのだろう。

 だとすれば、あのトラミミ美少女Vチューバーも誰にも頼らずにやったに違いない。

 あのトラミミ美少女は良い出来だった。企業勢でもあんな風にぬるぬると動いたり、身体のパーツをいろいろと揺らしたりするのは大変だろう。それをいとも簡単にこなし、しかも発音もきれいで、聞き取りやすい。相当ボイストレーニングもやったのだろう。

 全部一人でやっているのだとしたら、なんという才能だろうか。

 私がコメント欄で彼女が李徴子であることを指摘しなければ、初配信も大成功し、ぐんぐんチャンネル登録者が伸びていったのではないだろうか。

 私は、申し訳ないことをした、という思いを抱えつつ、LINEを見る。私がいろいろ考えている間に、結構時間が経っていたが、李徴子からの返信はない。

<第4回に続く>

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