谷崎潤一郎『秘密』あらすじ紹介。女の秘密に興奮する男。刺激を求め続けた男の行き着く先は…

文芸・カルチャー

公開日:2023/6/10

 耽美的・マゾヒズム的な作風で知られる一方、その端麗な筆致で「文豪」「大谷崎」とも称された谷崎潤一郎。『秘密』は谷崎が文壇で名を揚げるきっかけとなった作品のひとつですが、代表作と比べると知名度は低いのではないでしょうか。そこで今回は谷崎潤一郎『秘密』のあらすじをわかりやすくお伝えします。比較的読みやすい文体の短編ながら、文豪たる表現力の一端を堪能できる作品です。ぜひ一度触れてみてください。

秘密

『秘密』の作品解説

『秘密』は1911年、谷崎潤一郎が雑誌『中央公論』で発表した短編小説です。一般的な刺激に飽きた主人公が、過去に関係があった女性と再会したことをきっかけにさらに強い刺激を求め溺れていく過程が描かれています。自己愛に傾倒する主人公と女性との密会は、艶やかな物語ながら読者にどこか緊張感を抱かせるものとなっています。

『秘密』の主な登場人物

私:語り手。秘密を偏愛する男性で、優雅な顔立ちを自負している。本人いわく「物好きな連想」のためナイフや麻酔薬を所持して外出するなど、実行にこそ移さないものの、やや犯罪的な趣向がある。

T女:数年前、上海旅行へ向かう汽船で「私」と行きずりで関係を結んでいた女性。美貌と裏腹のしゃがれた声が特徴的で、無数の男を渡り歩くタイプ。

『秘密』のあらすじ​​

 感受性の鈍りを覚えていた私は、浅草の人気のない寺の庫裡に隠れ住み、世間と隔絶した“秘密”の中に居場所を作ることにする。香を焚いて雑多な本を読み漁り、夜にはウイスキーをあおり、時には変装をして散歩に繰り出す生活を愉しんでいた。

 私はある夜、古着屋で惚れ込んだ縮緬の着物を購入し、女装して往来を歩く。美しい異性の外見に性別を隠して衆目に触れることは、趣向とナルシシズムを五感で満たす恍惚の体験であった。

 化粧の技術も上達した頃、映画館で過去の女性・T女に遭遇する。見知らぬ男の隣で妖しい美しさを放つ彼女を前にして急に自信喪失し、自らが醜く感じられた私は女性として敗北感を味わいつつも、今度は男性として略奪したいという復讐心が湧いてくる。逢引きの手紙に色よい返事をもらった私は翌日、人力車に乗せられT女と同伴する。目隠しをされて着いた先は何処とも知れぬ座敷で、二人はその日から幻想のような関係を持ち続けた。

 数ヶ月が経ったある夜、通例となっていた車での目隠しを取ってくれと懇願する私に、T女は「あなたが恋するのは夢の中の女だから」と制止するが、根負けしてとある路地で目隠しを外す。私は脳裏に焼き付いたその風景が忘れられず、通い詰めた勘とわずかな記憶を頼りに、やがてT女の住所を見つけ出してしまう。

 秘密が暴かれ、夜とは別人のように見えた彼女は、私の目にはもはや魅力的には映らなかった。秘密に満足できなくなった私は、浅草を去り、より刺激的な血みどろの歓楽を求めるのだった。

<第71回に続く>

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