人類史を大きく変えた火、酪農、文字、印刷の発明。その革新の歴史を振り返る/AIは敵か?②

暮らし

公開日:2023/9/27

『AIは敵か?』(Rootport)第2回

AIに仕事を奪われる! 漠然と抱いていた思いは、「ChatGPT」のデビューによって、より現実的な危機感を募らせた人も多いのではないでしょうか。たとえば、バージョンアップしたGPT-4のアドバイスを受ければ、プログラミング経験のないユーザーでも簡単なアプリを作れるほど高い精度を誇ります。では、⽣成AIが登場し、実際に人々の生活はどうなるのか。本連載『AIは敵か?』は、マンガ原作者でありながら、画像生成AIを使って描いた初のコミック『サイバーパンク桃太郎』(新潮社)を上梓したRootport(ルートポート)氏が、火や印刷技術といった文字通り人間の生活を変えた文明史をたどりながら、人とAIの展望と向き合い方を探ります。

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AIは敵か?

人類史の「発明」を振り返る

 歴史を振り返ると「⼈類社会を変えた発明」と呼べるものがたくさん⾒つかります。ここでは⼤きく四つのジャンルに分類して振り返ってみましょう。

①⼈類の⽣理学に影響を与えて、⽣物学的に進化させた発明
②情報を⺠主化した発明
③⼈類にはできなかったことをできるようにした発明
④⼈類にできることをより効率よくできるようにした発明

 以上の四つです。

生物学的な進化を促した発明

 たとえば、⽕の管理・利⽤は①に相当します。⽯器や⽊の棒などの簡単な道具であれば、他の動物も利⽤します(現代のラッコは〝旧⽯器時代〟を⽣きているといえます)。また、⼭⽕事などの⾃然発⽕を利⽤する動物も、決して珍しくありません。しかし、⽕を管理し、⾃発的に熾せるようになった動物は、私の知るかぎりでは⼈類だけです。

 霊⻑類の脳のサイズと消化管の⻑さには、負の相関があることが知られています。脳と消化器官はどちらも燃費の悪い器官なので、⼀種のトレードオフが成⽴してしまうのです。果物のようなエネルギー効率のいいエサを探せるほど賢い脳を持つか、それとも、脳を⼩さくする代わりに何でも⾷べられるほど強靭な消化器官を持つか……という綱引きが、哺乳類の進化の過程では⽣じたようなのです。

 ⾔うまでもなく、⽕を通した⾷品は、⽣のままよりも消化しやすくなります。また、⽣では固すぎる⾁や苦すぎる野菜も、⽕を通せば柔らかくなり、アクが抜けます。つまり⽕の利⽤は、脳と消化器官とのトレードオフを打ち破り、⼈類の脳が⼤きく進化することを可能にした――少なくとも、その下地を作ったのです。

 このように「⼈類の⽣理学に影響を与えて、⽣物学的に進化させた発明」では、他には酪農が代表的なものとして思い当たります。⼤抵の哺乳類では、⼤⼈になると乳汁を飲めなくなります。いわゆる「乳糖不耐症」が哺乳類のデフォルト設定であり、⽜乳を飲むとお腹を壊してしまうのです。これは、乳離れをうながすための適応だと考えられています。

 ところが酪農の発明は、これを変えました。⼤⼈になってからも畜乳を飲める突然変異の持ち主の⽅が、⽣存・繁殖の⾯で有利だったために、その突然変異が世界中に広まったのです。

 同じジャンルの発明には、ペニシリンや(先述の)組み替えDNA技術、体外受精技術も当てはまるかもしれません。かつて、膝を擦りむいた程度の怪我でも死に⾄り、梅毒が不治の病である時代がありました。しかし抗⽣物質の実⽤化により、それは過去のものになりました。百年後〜千年後の⼈類は、現代ほど強靭な免疫⼒を持たなくても⽣きていけるかもしれません。また、組み換えDNA技術や体外受精技術が⼀般化してから100世代後に⼈類がどのような進化を遂げているか、想像もつきません。

文字がなかった世界

 続いて、②情報を⺠主化した技術には、⽂字・活版印刷・インターネットなどが当てはまります。

 現代の私たちは⽣まれたときから⽂字に囲まれているため、それが⽔や空気と同様に「ごく⾃然にそこにあるもの」だと誤認しがちです。しかし⼈類の歴史のうち、⽂字のない時代のほうが圧倒的に⻑かったことを忘れてはなりません。その時代には、重要な知識や、⼀族の掟のような規範は、物語や詩歌の形にして⼝承していくほかありませんでした。知識の担い⼿であるストーリーテラーたちは、社会的に⾼い地位を得ていたようです。

 ⽂字のない時代には、情報が極めて「⾼価」だったと⾔ってもいいでしょう。知識を得たければ、その都度、それを知っている⼈を訪問し、その⼈から直接聞かなければなりません。遠隔地と通信するためには伝令を送らなければならず、さらに、その伝令には⾔葉を間違えずに伝えるという責任が伴いました。知識の複製も簡単ではなく、誰かが話を聞くことでしかコピーできませんでした。さらにコピーの正確性は、聞く側の記憶⼒に依存していました。

文字の発明

 ⽂字の発明により、情報は⼀気に「安価」になりました。知識や規範を碑⽂に刻んでおけば、いつでもそれを読める――つまり「時間差での情報伝達」が可能になったのです。さらに⼿紙を送ることで、伝令の記憶⼒に頼らなくても正確な情報を送れるようになりました。加えて、その⼿紙を書き写せば、いくらでも知識を複製できるようになったのです。国家が領⼟全体に同じ法律を(ほぼ)同時に布告することも、⽂字の発明により可能になりました。

 6000〜5700年前に⽂字体系が完成すると、メソポタミアの都市国家は巨⼤な帝国へと発展していきました。またエジプトでも、ヒエログリフが成⽴して間もなく、統⼀王朝が⽣まれました。もちろん「⽂字が国家を⽣んだ」といったら⾔い過ぎでしょう。インカ帝国のように、⽂字を持たない巨⼤国家も存在する(した)からです。とはいえ、⽂字の発明により、巨⼤な国家が⽣まれやすくなる⼟台が整ったことは間違いないでしょう。

「⽂字」というイノベーションにより、情報のコストが極端に安くなった――。

 これは、活版印刷やインターネットの発明前後によく似ています。

活版印刷と革命

 ⻄洋で15世紀半ばに活版印刷が発明されると、教会は知識の独占を守れなくなりました。古代ギリシャや古代ローマの知識へのアクセスが容易になり、ルネサンスの⽂化が花開きました。さらに、誰もが(ラテン語ではなく)⺟国語で聖書を読めるようになり、聖職者の発⾔の正誤を確認できるようになったのです。そして16世紀以降の宗教改⾰・宗教戦争の時代へと突⼊していきます。

 おそらく活版印刷がなければ宗教改⾰は起こらず、宗教改⾰がなければイギリスの清教徒⾰命は起きず、啓蒙思想も発展せず、それらがなければアメリカ合衆国の独⽴もフランス⾰命も起きず、さらに「独⽴宣⾔」や「⼈権宣⾔」がなければ、現代の私たちが⽣きる⺠主主義の⽇本も存在していなかったかもしれない――。これが、⾼校の世界史教科書に載っている標準的なストーリーでしょう。活版印刷は、世界を変える発明だったのです。

インターネットの登場

 インターネットがどれほど世界を変えたかは、ここで改めて紹介するまでもないでしょう。読者の皆さんの多くが、それを実際に⽬撃しているはずだからです。1985年⽣まれの私は、10歳のときにWindows95が発売され、20歳になるまでの10年間でインターネットが急速に普及する過程を体験しました。1995年は、⽇本におけるポケベルの契約者数がピークを迎える頃でした。⼀⽅、2005年にはYouTubeが誕⽣しました。これ以上の説明が必要でしょうか?

 たとえばレコードや映画の発明も、②情報を⺠主化した技術の⼀種と呼べるかもしれません。かつて⾳楽や演劇はその場限りのものであり、上演されている場に⾜を運ばなければ楽しめませんでした。ところが記録技術が誕⽣したことで、同じ演奏・演技を、どこでも繰り返し楽しめるようになったのです。

 次回は、③と④の発明についてご紹介します。

<第3回に続く>

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Rootport(るーとぽーと)
マンガ原作者、作家、ブロガー。ブログ「デマこい!」を運営。主な著作に『会計が動かす世界の歴史』(KADOKAWA)、『女騎士、経理になる。』(幻冬舎コミックス)、『サイバーパンク桃太郎』(新潮社)、『ドランク・インベーダー』『ぜんぶシンカちゃんのせい』(ともに講談社)など。2023年、TIME誌「世界で最も影響力のある100人 AI業界編」に選出される。
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