SUPER BEAVER渋谷龍太のエッセイ連載「吹けば飛ぶよな男だが」/第27回「赤提灯」

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更新日:2023/11/28

 昨今は「自己プロデュース」なる言葉がきちんと定着している。殊更新しい言葉ではないと思うが、昔からある言葉ではないこれはすなわち、流行り廃りの波の中で生き残っている言葉だ。持ち上がっては沈み、新たにうねるそのスパンは時代の経過と共に早くなっているように感じる。だからその中で生きながらえるということは、需要に裏付けされているということなんだろう。

 というか、「自己プロデュース」なんて言葉は、真新しいようで、そもそもあったもの同士を同じ箱に入れて、今風なデザインの包装を施しただけだ。要するに中身は、客観視をして対外的な身の振り方を熟考する、ってなことなのでしょう。これに限らず新しい言葉なんて大体そうだと思うのだが。

 ただ響きや、自分が使う使わないは別として、このような箱の中身は大切なものであることが多い。新しく耳にする言葉があったなら、とりあえず箱を開けて手に取るのが、きっとよし。

 時代とマッチして多用され、尚且つ生き残っている「自己プロデュース」という言葉には、時代を象徴するだけにとどまらない、重要性が潜んでいるのだろう。

「え、私、赤提灯の居酒屋大好きなんです」

 隣で女の子が何故か照れくさそうにこんなことを言うもんだから、瞬時にこんなことを考えるに至ってしまった。

 

 お店のマスターやお客さん、約束もなくなんとなく集まった人たちでその時間を共有していた。カウンターだけのこの飲み屋にふらっと飲みに来て、たまたま隣になったのものだから、彼女のことは名前以上をまだ知らない。おそらくは二十代半ば。お化粧も丁寧で髪の毛なんかもツヤツヤしているその子は、なんというかしっかりとお金のかかった見た目をしていた。俗に言うコンサバティブ(合ってる?)。会話の要所で目を見る、相槌のタイミングが上手。きっと人と対することに畏怖やストレスを感じず、ひけらかさない程度の自信をしっかり持っているタイプ。嫌味な感じは全然なし。

 普段は行き当たりばったりで、隣にはおじさんがいることが多い。おじさんとの話は楽しいし、新しい発見をくれるが、その夜のミニマムな時間に限って言えば、楽しいよりも新たな発見よりも、綺麗な女の子の方がいい時もある。いい時もあるっていうか、いい時ばかり。嘘、いい時しかない。ガッツポーズ。

 みんなでの会話が少し落ちついて、私の左隣の男性(おじさん)がお手洗いに向かうために席を立った。少し酔っているようだったので、スツールから転ばないようその背に軽く手を添えてあげた。自転車の補助輪を初めて取った子供の父親よろしく、無事に歩き出したその背中から恐る恐る手を離して、そっと送り出した。

「いつもここで飲んでるんですか」

 私は座り直しながら、右隣にいる彼女の方に身体を向けた。

「んん、普段は新宿とかが多いかな。**ちゃんは?」

「私は普段あまり飲みに出ないんですよ。だから新宿もあんまり行ったことないんです」

「そうなんだね。得意じゃない人多いけど、新宿は良い街だよ」

「それじゃア」

「ん?」

「どっかおすすめのお店ありますか?」

「ごめん、あまり洒落た感じのお店知らないんだよね」

「洒落てなくてもいいですよ」

「うん、でも居酒屋しかわかんない」

 で、ここで私に「自己プロデュース」という言葉を想起させ、瞬時に色々考えさせたあの発言が彼女の口から飛び出した。

「え、私、赤提灯の居酒屋大好きなんです」

 自分の性格があまり褒められたもんじゃないことは小学生くらいの時からわかってたし、もっとフラットに色々受け取ってあげれば良いじゃんと思ってはいるんだ。「へエ、そうなんだね」で済ませればいいと思っているんだけど、すみません、一旦審議。

 なんかね。そんなこときっとないと思うんだけどさ。この子、見た目とは裏腹にお金が香ってこない嗜好でプラスのギャップを生んでみた的な「赤提灯」の使い方をしていないだろうね。いかにもな店にはとどまらない広い視野を持った、与えられた場所で心から楽しむことが出来る適応力いかがですか的な「赤提灯」の使い方をしていないだろうね。すなわち、「自己プロデュース」の一つとして「赤提灯」を使っていないだろうね。

 せんべろや大衆居酒屋にブームの兆しがある今日び、そういう子が増えてきているように感じる。往年からの赤提灯ユーザーとしては彼女たちに、虫を発見して必要以上に騒ぐ「少年の心なくしてないんで俺」的な空気を演出したがる男に漂う胡散臭さと似たようなものを感じるのだ。

 以下、脳裏に浮かんだ選択肢。

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しぶや・りゅうた=1987年5月27日生まれ。
ロックバンド・SUPER BEAVERのボーカル。2009年6月メジャーデビューするものの、2011年に活動の場をメジャーからインディーズへと移し、年間100本以上のライブを実施。2012年に自主レーベルI×L×P× RECORDSを立ち上げたのち、2013年にmurffin discs内のロックレーベル[NOiD]とタッグを組んでの活動をスタート。2018年4月には初の東京・日本武道館ワンマンライブを開催。結成15周年を迎えた2020年、Sony Music Recordsと約10年ぶりにメジャー再契約。「名前を呼ぶよ」が、人気コミックス原作の映画『東京リベンジャーズ』の主題歌に起用される。現在もライブハウス、ホール、アリーナ、フェスなど年間100本近いライブを行い、2022年10月から12月に自身最大規模となる4都市8公演のアリーナツアーも全公演ソールドアウト、約75,000人を動員した。さらに前作に続き、2023年4月21日公開の映画『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -運命-』に、新曲「グラデーション」が、6月30日公開の『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -決戦-』の主題歌に新曲「儚くない」が決定。同年7月に、自身最大キャパシティとなる富士急ハイランド・コニファーフォレストにてワンマンライブを2日間開催。9月からは「SUPER BEAVER 都会のラクダ TOUR 2023-2024 ~ 駱駝革命21 ~」をスタートさせ、2024年の同ツアーでは約6年ぶりとなる日本武道館公演を3日間発表し、4都市9公演のアリーナ公演を実施。さらに2024年6月2日の東京・日比谷野外音楽堂を皮切りに、大阪、山梨、香川、北海道、長崎を巡る初の野外ツアー「都会のラクダ 野外TOUR 2024 〜ビルシロコ・モリヤマ〜」(追加公演<ウミ>、<モリ>)開催する。

自身のバンドの軌跡を描いた小説「都会のラクダ」、この連載を書籍化したエッセイ集「吹けば飛ぶよな男だが」が発売中


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