いきなり散財する/きもの再入門②|山内マリコ

文芸・カルチャー

公開日:2023/11/15

みんなローン組んでる

 一瞬、わたしの脳裏に宮部みゆき先生の傑作『火車』が過ぎった。高校生のときに読んだこの小説のおかげで、クレジットカードへの警戒心が強くなり、身の丈に合わないブランド品の買い漁りなどは絶対にダメ、という教訓が叩き込まれたのだが、ついにその禁が破られるときが来た。説明を受けると、クレジットカードではなく、銀行引き落としのローンだった。さすがにそれはちょっとと戸惑うわたしに、店員さんは明るい表情でけろっとこんなことを言った。

「私たちもローン、複数組んでますよ!」

 いくら若者向けの廉価ブランドとはいえ、目の前にいるのは、呉服屋さんで働いている女性である。わたしより少し年上に見える彼女もまた、骨の髄まできものに魅了されているのだ。いまのわたしが、本を書いて稼いだお金で主に本を買っているように、店員さんもまた、きものを売って稼いだお金で、きものを買っているのだ。趣味を仕事にするとは、すなわちそういうことなのだ。

 晴れやかに笑いながら「ローン複数組んでる」と打ち明ける彼女に背中を押され、わたしは人生ではじめて、ローンでものを買う決意をした。伝票に書き込まれる数字の0を数えながら、わたし大丈夫かな……と、心臓が早鐘を打つ。全然大丈夫ではない。明らかに財政状況に見合わない買い物だ。けれどもう引き返せない。とにかくもう、組んじまったもんは仕方ない。

 無職のわたしがなぜローンを組めたのか、いまとなっては大いなるミステリーだ。上京する際、貯めていた軍資金の残高がまだそれなりにあったから審査を通ったのだろうか。

 ともあれ、わたしは店員さんに倣って、その後いくつかのローンを組みつつ、きものを買いつづけた。この頃の〈ふりふ〉には、次から次にストライクゾーンに突き刺さる新作が入荷して、わたしはとてもじゃないがその可愛さに抗えなかった。大柄で、派手で、色鮮やかな、ポリエステル素材で仕立て済みの、四万円から七万円ほどの価格帯の“二十代向け”のきものを、わたしは買いつづけた。その時点で二十代の残り時間が一年を切っていることなど、考えもせずに。

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