「出版業界の未来はどうなる?」内田 樹×名越康文×橋口いくよ 勝手に開催!国づくり緊急サミット

更新日:2014/3/5

千人に届くものを作り続ける

名越康文

橋口 もう身動きとれなくなってきている人たちも、新しい何かが立ち上がって、そこに隙間ができれば、どうしたって移動してしまうから、世の中に動きが出ますしね。

名越 うん。そこに新しい文化を評論する人も現れるし、支持する人も生まれるから。それがもとになって物語もできてくる。なんかそういうものが起こってきているような予感だけはするんですけどね。

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内田 新しいものはニッチからしか出てこないという気がするね。ショービジネスも、今でこそビッグビジネスだけれど、最初はせこいニッチビジネスだった。19世紀末に、東欧やロシアから迫害を逃れたユダヤ人がアメリカに移民してきたとき、既存の産業分野はみんな先行した移民集団がおさえていて、ユダヤ人にはもう入る余地がなかったんだよ。だから、それまで存在しなかった業種を新たに作り出すしかなかった。そうやってできたのがジャーナリズムと金融とショービジネス。ユダヤ人が無理やり作り出したその3つのニッチビジネスが今のアメリカ経済を支えているんだよ。

名越 その3つって、消えものですからね。

内田 出版がビッグビジネスになったのだって今世紀になってからでしょ。本来は小商いなんだよね。2~3人で作って、読む人が数千人ぐらいいて、それでとんとんというくらいが適切なサイズなんだと思う。ジャーナリズムはある段階で広告を載せるようになってからビッグビジネスになることに気がついて、別に出版にも書物にもたいして興味のない人たちが金儲けのチャンスだと思って参入してきた。テレビもそうでしょ。お金が儲かるとわかると、どんな業種でも最初にその仕事を始めた人が持っていた純粋な気持ちや夢や必死さは消えてしまうんだ。でもそれは仕方ないと思う。生き延びるためにゼロから新しいビジネスモデルを作り上げた人と、あれは金が儲かるらしいからオレもやるという人の作るものの質が違うのは当然なんだよ。

名越 お金儲けが目的になると、見ている人読んでいる人みんながわかるようにっていうふうになっていってしまうんですよね。

橋口 みんながわかるようにしないと売れないからそうしようっていうのは、私もあらゆる仕事で感じます。内田先生がよくおっしゃる「読者を信用しましょう」という感覚からは遠い。ひどい言い方をすれば、どこか読者を見限った状態でものを作っていると感じることさえあるんですよね。それは、ある意味心を冷たくしないとできなくて、生きた作業じゃなくなってくる。そういうものこそ「仕事」と呼ぶ人もいるけれど……。

名越 それも強心剤の一種であって、そう続くものでもないんです。

橋口 こんな状況になってしまった中、本や雑誌の作り手は、本当のところ、作ったものが何人ぐらいに届けば、仕事としてやっていけるんでしょうね。

内田 コンスタントに千人ぐらいの読者がいれば、なんとか食えると思うんだけどね。

橋口 何万部も、何十万部も売れているものをベストセラーと呼ぶ中で、千人っていうのは少ない気もするけれど。

名越 僕も、千人ぐらいでいけると思うな。

橋口 売れるものをと必死に作って、売れるか売れないかで毎度一喜一憂しているよりも、千人の人がいつも確実に喜んでくれるものを生み出し続けたほうが現実的とも言えますね。世の中には、あらゆる好みを持った「千人」がいるわけだから、そこにあわせて色んなジャンルのものを作らなければならないですし。本気でやれば、仕事も雇用も増えるかもしれません。

必要なのはライブ感と忠実なフォロワー

名越 僕ね、活字であろうが、アートであろうが、映画であろうが、物売りであろうが、今後はすべて「ライブ」が大切になってくると思うんですよ。『男はつらいよ』で寅さんが、ベニヤ板1枚ビールケースの上に置いて、売る物並べたら「さあ、いらっしゃい!」って始めてね。で、ああいう形で物を売る時って必ず「口上」があるじゃないですか。売ってるものは、ポッポーって鳴るただの鳩笛だったりするんだけどね。

橋口 その名残って、少しだけ今の通販番組に残ってたりしますよね。あとは実演販売。だいたい、おじさんが面白いの。

名越 そうそうそう。寅さんでもセンスのあるんだかないんだかわからないことをリズミカルにあれやこれや語って、それに人々は楽しく引き込まれて買っちゃうの。

内田 あれは口上の芸に対する投げ銭みたいなものだね。

名越 そうです、そうです。寅さんが「これは幸福を運んでくる笛だよ」みたいなことを言うと通りがかった人が「おじさんは、何が幸せなの?」って訊くの。寅さんは「お前に会ったからだよ」なんて言っちゃって、お客さんも「面白いおじさんがいるわよ~!」ってまわりを巻き込んでみんな買い始めちゃう。

内田 ははは!

名越 僕、それ観て講演も同じだなって思ったの。僕は原稿なしで講演をするんです。それは、観客がどういう客筋かっていうのを知ってからでなければどういうふうに構成していいかわからないから。その時々でその人たちに必要な言葉をその場で構成してゆく作業。まさに「ライブ」なんです。ライブって元来、小商いなんですよね。

内田 僕も講演ではパワーポイントも資料もなにも使わない。落語とおんなじで、マイク1本。

名越 はい。だからライブというものにはひとつ、この先のビジネスのヒントがあると思うんです。

橋口 そういう意味じゃ、本当は活字も、書くものさえあれば的なところから始まったものなんですよね。

名越 ほんとそうですよね。

内田 出版もそうだけど、これからは基本はビッグビジネスじゃないと思う。これから目指すべきは、安定的なフォロワーを数百人数千人確保しておくことだと思う。それでなんとか食べていけるっていう、そういう小商いの方が質の高いものを生み出せると思うよ。