官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第44回】ナツ之えだまめ『どうにかなればいい』

公開日:2014/5/2

 誠二は右の、事務所に通じるドアをあけた。

 ノートパソコンへの入力作業をしていた経理営業兼任の篠崎(しのざき)が、三つ揃いを着た誠二を見て驚いていた。

「誠二さん、スーツなんですね」

「あ、うん」

「初めて見ます」

 そういえばそうだ。

 工房は誠二の家から近く、しょっちゅう遊びに来ていたが、誠二がオゴホゴを訪れるときには休日だったので私服か、下手をするとジャージだった。今日は仕事で来たのでスーツを着用している。

 篠崎はいつものようにつなぎを着ていた。彼は椅子から立ち上がると近寄ってきてしげしげと誠二を見る。そばかすの目立つ篠崎は、猫背なために実際よりも小柄に見えた。

 リノリウム床の事務所は八畳ほどの広さで、左手のドアは作業場に通じている。正面に設置されたホワイトボードには工房のメンバー三人――桑原、篠崎、小 野口(おのぐち)――各々の作業工程が詳細に書き込まれていた。ロッカーとファイルキャビネットが右手に備え付けられ、部屋の真ん中にはまるでお茶の間に ちゃぶ台があるかのように大きめの会議机が置かれている。会議机の両側には椅子が三脚ずつ、入れ込まれていた。

「なんだか照れるな」

「いえ、見慣れなかっただけで。お似合いですよ」

 そう言いながらも彼は額に皺を寄せ考え込んでいる。早川ディスプレイは現在工房オゴホゴに仕事を発注している。そちらに何かあったかと考えているのだろう。

「『秘密の森の美術展』に出す『虹色フクロウ』の進捗状況を視察に来られたんですか? 今のところ、順調ですけど」

「秘密の森の美術展」とは、「秘密の森にいる動物たち」というテーマで三月中旬から四月はじめにかけて都内の美術館で開催される小規模アトリエ中心の現代 アート展だ。大手新聞社が主催、系列メディアが後援、早川ディスプレイは企画協力となっているが、実際の運営はほぼ早川ディスプレイに一任されていた。こ の美術展では二十のアトリエが各自指定された動物を担当する。工房オゴホゴは順路でいうと最後となる「森の賢者・虹色フクロウ」制作を担当することになっ ていた。

 工房オゴホゴから早川ディスプレイに提出された仕様書によると「虹色フクロウ」は全長百十二センチメートル、翼は閉じた状態で幅七十三センチ、開くと二 メートル十センチとある。実際のシマフクロウを基本としつつもハート型の羽毛に覆われた顔はユーモラスな表情変化をし、濃褐色の翼を広げると羽裏は虹色に 輝く。実際は、光の角度によって五種類の色を発する「イルミナージ」という分光性特殊塗料を十八種類使い分けて、虹の色のつらなりを表現する。フクロウが 翼を広げる瞬間は、さながら、地味な表地の裏に紅絹(もみ)をあしらった羽織がはためいたかのように、鮮烈な印象を与えることだろう。

「フクロウは進行表通りですけど。何か?」

「いや、別件なんだ。桑原さんは? 作業場のほうかな?」

「ええ、すみません。誠二さんが来ることは伝えてあったんですけど、今、ちょっと立て込んでいて。声をかけてみてくれますか?」

「わかった」

 

 

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