官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第56回】淡路 水『法悦☆ホリデイ~解脱なんて知らねえよ~』

公開日:2014/9/2

 六畳一間だが月一万二千円という破格の家賃な上、なんと部屋にはトイレまで付いている。風呂は銭湯だが、都内では滅多にお目にかかれない格安物件。近所 ではお化けが出るんじゃないのかとさえ言われているが、そんなことはない。その証拠にお化けなんか一度たりとも見たことはない。

 だがその格安の家賃すら現在三ヶ月分滞納している。これからたった数時間仕事のの出来次第ではもう屋根のある家に住めなくなるかもしれないのだ。

 罪悪感はもりもりあるが、自分自身の生活を確保することだって大事なことだと、無理やり考えを正当化するしかなかった。

 藍はそんなことをつらつら思いながら運転席の男を見る。

 小太りのもったりした腹がカーブを曲がる度にたゆんたゆんと揺れていた。メガネの奥の目は深海魚並に小さく、暗い海の底から浮かんできたのかおまえはと 言いたくなる。開いているのか閉じているのかよくわからない目の男は、その上陰気で口数が少なく、とても今からする仕事では上手くいくとは思えなかった。

 しかし、好き嫌いなど言っていられない。彼と力を合わせてなんとか乗り切るしかないのだ。だからほんのちょっぴりでもコミュニケーションがはかれないものかと、藍は切っ掛けを探すことにした。

 目的地までまだ先だろうか。少し先に見える道路の案内表示を確認しようと目をこらしたとき、山側にあるお稲荷様とおぼしき狐の石像めがけて、黒い影が上 方からひゅんと素早く急降下し、ピーヒョロロと鳴き声を残して再び空へ飛び立つ。トンビだ。見ると何かを咥えて飛び去っていったようだった。

「うっわ。おい、見たか? トンビがお稲荷さんのお供えさらってったぞ。あれ、油揚げじゃね。マジでトンビに油揚げかよ」

 なあ、と運転席の男を見たが、男は「はあ」とまたも気のない返事だ。

 恐ろしいほどリアクションがなく、ひとりではしゃいで喋っているのがばからしくなった。ついに藍も口を閉ざしてラジオのスイッチをつける。流れ出したアイドルの歌がまた嫌みなほどに明るく軽快だった。

 都内からかれこれ二時間は車を走らせている。見えてくるのは海また海で、時折集落がポツリポツリと見えるだけだ。

 正直、藍はこんな田舎に来たくはなかった。けれど金になるのはこういう田舎だってこともわかっている。

「なあ、あんたこの仕事したことあんの?」

 藍は男に訊いた。経験者ならいいのにと思ったが、期待はすぐにぶち壊される。

「や、あるわけないじゃないですか」

 ごく当然だとばかりの返事に藍はがっかりした。

「マジかよ……」

 が、せめて気の利いた男ならともう一度いくらかの期待を抱く。

「じゃあ、何やるかわかってる?」

「……あー……カブさんが、アイさんの言う通りにしとけって。アイさんに全部やりかた教えておいたから大丈夫って言われたんで。で、何やるんすか」

 どうせろくなことじゃないんでしょ、と男はボソボソ付け加えた。

 チッ、と藍は舌を打った。まるっきり話にならない。

「……ックショ、丸投げかよ」

 藍だって、こんなことをするのは初めてだ。それを全部丸投げされたらしい。ど素人二人でなんとかなるのか。

「あの……で、何するんすか」

「おれだって、さくっとレクチャーされただけだからよく知らねえよ」

「でも、やることはわかってるんすよね」

「そりゃあ……まあ……」

 思わず言葉を濁したのには理由がある。

 なぜなら、今日押しつけられた仕事は有り体に言って詐欺だ。詐欺、というより悪徳商法の片棒かつぎというところか。

 田舎の年寄り相手に、金目のものを買い叩く。

 リサイクルショップという名目で訪れ、まずは服一枚からどんなものでも引き取ってお金に替えますよ、と話を持って行く。その後他の本当に金になる獲物、例えば貴金属などを出させ、それをうまく言いくるめて二束三文で買い取る――簡単に言うとそんなところだ。

 

 

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